第331話 ハレの日に(3)子供のままで

 どうしたものか、信成は何をする気なのかと考える間もなく、上の方から悲鳴じみた声がした。慌てて行くと、虚ろな目をした豪華な振袖の女の子が非常階段の手すりに手をかけ、それを友人らしい子が必死で羽交い絞めにしていた。

 近付き、澱んだ気を浄化する。

 するとハッとしたように彼女は我に返り、

「あれ?男の子は?」

と言い出した。

「男の子?何言ってるの、そんな子いないわよ」

「だって、男の子が話しかけて来て……どうしたんだっけ?」

 信成だろう。

 と思ったら、今度は、もつれ合う男子グループがいた。

「おい、どうしたんだよ!?」

「男の子が、火をつけろって。キャンプファイヤーに……」

「素面で酔ってるのか!?」

 ライターを片手に自分に火を点けようとしているらしい男を、止めているらしい。

 急いで、浄力を浴びせて正気付かせる。

 ホッとしたのもつかの間、一階のロビーがザワザワするので急ぐと、アルカリ性の洗剤と酸性の洗剤のボトルをトイレから持ち出した数人が、それを出入口付近や中央、階段下にまこうとして、止められている。2種を混ぜたら硫化水素が発生し、付近一帯の人間を避難させなければならない程の猛毒が発生する。あの位置なら外へ逃げるルートが潰されることになり、あの量なら、ここのほとんどの人間が被害に遭いそうだ。

 急いで浄化して、阻止する。

「あれ?」

「今、男の子が、掃除してって……」

 全員、同じ事を言って、キョトンとしている。

 信成の仕業に間違いない。

「怜!」

 直の声と共に、気配が背後でするので振り返ると、袴姿の喧嘩慣れしてそうな男が、虚ろな目をしながらロビーに飾られていた植木鉢を振り上げ、僕に振り下ろそうとしていた。

 浄力を浴びせて、憑いていた信成を追い出す。

 追い出された信成は、憎々し気に僕を睨んで、実体化を始めた。

 困惑していた新成人達はそれに気付き、悲鳴を上げる。

「心配はいりません。霊能師協会の者です。慌てず、会場に入って下さい。

 エリカ、ユキ、誘導を頼む。直、閉じてくれ」

「了解」

 エリカとユキは皆を会場へと誘導していき、直が、関係者だけを残して結界で覆ってしまう。

「何で邪魔するんだよう!」

 信成は地団駄を踏んで悔しがった。

「許せるわけがないだろう」

「あんなやつら、いいじゃないか!大人になんてならなくていいだろう!」

「お前と頼成を見つけて保護したのも大人の消防隊員じゃなかったのか」

「!それは、そう、だけど……でも、嫌だ、嫌だ!俺だけ大人になれない!ずるい!」

 信成は喚いて、ふと、頼成を見た。

「頼成は俺の味方だよな。せめて頼成は、俺と一緒に来てくれるよな」

 頼成は気弱そうな笑みながら、即答した。

「勿論だよ。だからさ、2人でいいだろ?他の人は、やめよう?」

「松浦!」

「いいんだ。信成はもう1人の僕だし」

 頼成は、ためらいなく信成に近付いて行こうとする。それを直が、札で足止めした。

「頼成!

 何で邪魔ばっかりするんだよう!ばか!」

 信成は泣き出して、闇雲に辺りの備品を飛ばし始めた。

「信成!!

 もういいから、僕はいいから!」

「いいわけあるか!頭を冷やせ!」

 信成に浄力を叩きつける。差し詰め、人間で言うと横っ面をはたいたようなものか。飛び交う備品が、ガタガタと着地する。

「信成。お前は駄々っ子か。

 それと頼成。お前はお前、こいつはこいつ、別の人間だ。いい加減にしろ」

 頼成は泣き出しそうな顔で立ち尽くし、信成は涙を浮かべて僕を睨みつけた。







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