第330話 ハレの日に(2)戦友

 児童養護施設。親がいないとか、仕事や経済的な問題、虐待される等、そういった様々な理由で親と暮らせない子供が預けられていた。

 僕は、両親が事故で急死し、唯一の家族である兄が警察大学へ入校するので、その間だけ施設に入る事になっていた。警察大学は全寮制で、その間小学生が一人暮らしをする事はまずい事らしく、親類が他にいないからという理由だ。研修に合わせて、まず3ヶ月、半年ほど置いて、もう1ヶ月半。

 そこで暮らす子は年齢も理由も様々だったが、「期限付きで預けられていて、迎えに来る事がわかっている、家族に愛されている事がわかる子」である僕は、距離を置かれている感じだった。まあ学校も、少しの間だけだからと、違う校区だったのをそのまま元の学校に転校せずに通っていたせいもあるのかも知れない。

 こいつは違う、と、いじめられはしなかったが必要な会話以外はなく、ひたすら1人で、本を読んで過ごしていた。夜寝ないで暇だったので、外国語会話の習得などに努め出したのもこの頃だ。

 そして、寂しそうにしていたり、仲良く遊ぶのを羨ましそうにしていたりするのを見られると、やんちゃ坊主が何を言って来るかわからないので、無表情のくせもついた。

 そんな僕と同じように、仲間の輪に入れない子がもう1人いた。それが頼成だ。

 ただし理由は、僕とも違う。

 頼成には双子の兄と母親がいたが、母親の内縁の夫が2人に虐待をしており、食事は日に1度、菓子パン半分。殴る、蹴る、真冬や真夏のベランダに締め出すというのは当たり前という生活だったらしい。

 偶々住んでいたアパートの隣室でボヤ騒ぎがあって、風呂場に鍵をかけて閉じ込められていた兄弟が消防隊員に見つけられ、事件が発覚。しかしその時には兄は衰弱して死亡し、遺体となっていたそうだ。

 それで頼成は施設に来たのだが、今も隣に死んだ兄がいると言い張った。そしてまた、頼成をからかったりいじめたりした子は、本当に不可解な状態でケガをし、皆が気味悪がって、仲間の輪に入れないようになったのだ。

 僕は当時、1人だったのでそういう事情も耳に入らず、また、自分で確認できていない事を信じられるかというスタンスだったので、掃除などで組になったり、時々は一緒に本を読んだりして過ごしたものだ。

「幽霊って信じる?」

 訊かれて、答えた。

「見た事無いから、保留」

「御崎君は、難しい言葉を知ってるね」

「兄ちゃんに教えてもらった」

「僕のお兄ちゃんも、優しいんだよ。パンも半分に割って大きい方をくれるし、殴られそうになったら庇ってくれたり」

「へえ。松浦の兄ちゃんもかっこいいな」

「へへへ。お兄ちゃんだけが僕の味方なんだ」

「そうか」

「あ、御崎君も友達だよ、お兄ちゃん」

「?」

 もし当時も見えていたら、隣に佇む信成を視認できていただろう。

「明日、御崎君はここを出るんでしょ?」

「うん。松浦、大丈夫か?」

「大丈夫。僕にはお兄ちゃんがいるからね」

「それなら心配ないな」

 それが、僕と頼成の最後の会話だった。


 3人は話を聞き終わると、ううんと唸った。

「憑いてたのね、その頃から」

「だねえ」

「それにしても、気になります。何をしようとしているんでしょうか」

「ここにいたら危ないという意味合いだったな」

「探して聞き出すしかないかねえ」

「信成の気配を辿れば見つかるだろう」

 僕達は気配を辿って階段の上で頼成を見つけたが、その時、表に出ていたのは信成だった。

「待ってくれ。

 何をするつもりだ。いや、松浦――頼成に何をさせるつもりだ」

 信成は下を見下ろしながら、冷たい表情で言った。

「いい気なもんだよな。親の金で」

 エリカとユキが、たじろぐ様に顔を見合わせた。

「あんなに虐待されてたのに、近所の大人は見て見ぬふりだった。そのせいで俺は、成人できないままだよ。死んだからな。

 大人なんて信用できるか。俺が死んだのは大人達のせいだ」

「大人をひとくくりにするのは乱暴だと思うが」

「知るかよ。俺は、大人が嫌いだ。だから、大人を増やさない。頼成も大人になんてさせない」

「おい」

「うるさい、何も聞きたくない!

 あんな何も考えてない、甘えてるだけのやつが、大人になって、子供を殺すんだ!」

 言うと、信成はスッと頼成から離れ、消えた。

「あ――!」

 頼成は元の気弱そうな表情に戻っており、そこが先ほどまでいた場所でない事に少し当惑したようだが、いつもの事なのか、あっさりと受け入れた。

「信成と話したんだ」

「ああ。まずいぞ。どうも、ここで新成人の数を減らすつもりらしい。お前も含めてな」

「え?

 ううん。まあ、僕は別にいいよ。ここまで生きて来れたのも、信成のおかげだし」

「え、それは違うんじゃないかねえ」

「はああ。また面倒臭い事になりそうだぞ」

「懐かしいわね」

「言ってる場合じゃないわよ、エリカ」

 僕達は、事態を収拾するためにすべきことを考え出した。





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