第322話 花束を君に(3)お手柄

 そうこうしているうちに、撮影日になった。

 女手がある方が便利な事もあると京香さんが付き添いに来てくれて、僕と直と康介は、チャペルの傍で待っていた。康介は花束贈呈係で、張り切っている。

「お、来たぞ」

「これは、似合うねえ」

 2人共スラリとした長身で、冴子姉はハンサムな美人だし、兄もクールなハンサムだし、もの凄くカッコいい。絵になるとはこういう事か。

 ウットリ眺める僕の横で、式場の人もウットリしていた。そして森山さんも、悔し泣きを忘れてウットリしていた。

「おめでとごじゃいます!」

 康介が覚えて来た言葉と共に、用意していたブーケを冴子姉に差し出す。

「ありがとう」

 冴子姉もそれで一気に和んで、笑顔が自然になる。

「この写真、待ち受けにしようかな。取り敢えず、写真のデータは僕ももらおう」

「いやあ、本当に絵になるねえ。『結婚しました』のハガキ、これで出すんだよね。モーニングでなく礼服調の衣装、流行るんじゃないかねえ」

「これはいいよ。でも、着てる人間次第だがな」

 撮影は恙なく終了して、2人はスタジオでの撮影に行った。

「康介、上手にできたな。偉いぞ」

「うんうん。康介、すごいねえ」

 康介は嬉しそうに笑って僕にくっついていたが、足元のアリに興味を移してそばの花壇に近付いて行った。

「いいなあ。羨ましいわあ」

 森山さんは溜め息雑じりに言って、思い出したように俯いた。

「ブーケは僕に任せてって言ってたのに、全部嘘だったなんて。待ってたのに」

「大変でしたね」

「忘れてやり直した方が、いいですよねえ」

「でも……」

「このままこうしていても、進展しませんよ。誰かを呪うんなら問答無用で祓いますしね」

「何なら、ムサカリ婚っていう、死者専門の婚活イベントを知っているんですけどねえ」

「お相手もたくさんいますよ」

 僕と直が勧めると、森山さんもまんざらでもないようなそぶりを見せ始めた。

「へえ、そんなのがあるの。

 でもねえ」

 ポロツと、涙をこぼす。

「全部最初から嘘だったの?初めから私はただのカモ?そんなに、急いでいるように見えたの?私、相当カッコ悪いわよね。また騙されないって、言い切れる?」

 言って、しゃがみこんで泣き出した。

 何て言えばいい!?こういうのは苦手だ!

 ボクも得意ではないねえ!どどどうするかねえ!?

 僕と直は、目で言い合いながら、あたふたとしていた。

 が、その横からすいっと康介が森山さんに近付くと、

「いい子、いい子」

と森山さんの頭を撫で始めた。

 僕と直も呆然としてそれを見ていたが、森山さんも泣き止んで、顔を上げた。

「あい!」

 花壇でちぎって来たらしい雑草の花を、満面の笑みと共に差し出す。

 森山さんはそれをジッと見つめていたが、笑顔と共に涙をこぼしながら、

「ありがとう」

と受け取り、康介の頭を撫でて、さらさらと消えて行った。

 康介はそれに大喜びで、僕と直は、唸って見ていた。

「成程。正面からぶつかるか説得するかだけじゃないんだな」

「そうだねえ。女性は特に、話を聞いてやる、共感して肯定してやる、で気が済む場合もあるしねえ」

「そうなのか」

「うちのお母さんとか晴とか見てたらそうだよお」

「それにこの年で気付くとは。康介、やるな」

「あい?」

「お手柄だよう、康介」

「あい!」

 嬉しそうに笑う康介を連れてスタジオの方へ向かいながら、勉強になったなあ、としみじみ思った。

「そうか。まずは同意か」

「ただし加減を間違えると、『ちゃんと真剣に訊いてるの!?』と怒り出すから要注意だねえ」

「面倒臭いな」

 何はともあれ、新しい一歩だ。

 兄と冴子姉、それに森山さんにも、幸せが訪れますように。






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