第321話 花束を君に(2)結婚サギ

 霊の女性の身元はすぐに割れた。このホテルで結婚式を挙げる予定だったがキャンセルになった組をリストアップし、新郎の名を警察のパソコンで照会したら、出た。

「結婚サギで訴えのあった男で、合計6人から訴えられていた」

 兄が言い、続けた。

「7人目の被害者が被疑者を刺殺して、被疑者死亡で終了したのが半年前だ」

 兄は言って、水菜と人参の大根巻きを食べた。

「ん、あっさりして美味いな」

 薄くスライスして塩水で柔らかくした大根で水菜と人参を巻いて、細切りの海苔を帯のように巻き付けただけだが、生春巻き風で前菜になるサラダだ。スライスハムやスライスチーズを大根の上に乗せて野菜を巻き、海苔で巻いてもよりおいしく、ソーダ割りやスパークリングワイン、ビールなどに合う。後は、卵の中からデミグラスソースの出て来るオムライス、クラムチャウダー、ほうれん草とベーコンの炒め物だ。

「それであの霊の女性は、逃げられた後に自殺していた」

「騙されていたってわかったらショックだろうな。その上溜めていたお金も取られて、親類や友達にもサギだったとばれて、身の置きどころがないって感じなんだろうな」

「同情と同じくらい好奇の視線に晒されるだろうからな。傷ついている上に塩を塗り込まれるようなもんだ。しかもあの女性、森山麗華さんは、相手がイケメンのエリート国際弁護士だって、かなり周囲に自慢していたらしいから、サギだったとバレたら、なんと言われるか」

 ああ。想像がつくな……。

「森山さん、犯人を恨んでたけど、他の人に危害を加えようとはしてなかったのが救いだなあ」

「でも、その肝心の犯人はもう死んでるぞ」

「謝らせるわけにはいかないか」

 何か手立てを考えないと。


 翌日、またチャペルに行った。

 森山さんは、うっとりとウエディングドレスの花嫁を眺めていた。

「大人しそうだねえ」

 コソッと直が言う。

 町田 直、幼稚園からの親友だ。要領が良くて人懐っこく、脅威の人脈を持っている。高1の夏以降、直も、霊が見え、会話ができる体質になったので本当に心強い。だがその前から、僕の事情にも精通し、いつも無条件で助けてくれた大切な相棒だ。霊能師としては、祓えないが、屈指の札使いであり、インコ使いでもある。

「物分かりも良かったらいいんだがな」

 コソッと返し、森山さんに近付く。

「あら。あの人は見つかったの?」

「説明し難いんですが……」

「とにかく、私と結婚するか、私が殴るかの二択よ」

 僕と直は、困った。

「第三の道はどうですかねえ」

「……蹴る?」

 面白い人だ。

「もしその人と会えないとしたら、どうしますか」

「んん……花嫁を呪う」

 恐ろしいな。

「前向きが1番ですよ」

「そうそう。ここで足踏みしてるのが勿体ないねえ」

 僕と直の勧めに森山さんは、あっさりと言う。

「ええ。だから、結婚するか殴るかしたらそうするわ」

 困ったぞ。

「ブーケを、あの人が買って来てくれるって、そう言ったのよ」

 森山さんは言って、わんわん泣いて、消えて行った。

 それを見送った形になって、僕と直は溜め息をついた。

「ボク達はつくづく、対女性の経験値が圧倒的に低いねえ……」

「認めるよ……」

 泣かれると、弱い。どうしていいかわからない。

「いざとなったら、かわいそうでも何でも強引に祓う。兄ちゃん達の為なら、どんな事情でも容赦はしない」

「うん。ボクもやるからねえ」

 強引に祓わなくていい事を、祈った。






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