第320話 花束を君に(1)決断

 言葉を選びながら、続ける。

「僕が1人前になるまではって言ってくれるのはありがたいよ。でも、今の方がいいと思うんだ」

 御崎みさき れん、大学2年生。高校入学直前、突然、霊が見え、会話ができる体質になった上、神殺し、神喰い、神生み等の新体質までもが加わった、霊能師である。面倒臭い事はなるべく避け、安全な毎日を送りたいのに、危ない、どうかすれば死にそうな目に、何度も遭っている。

「それはどうしてだ?」

 兄は真剣な顔を向ける。

 御崎 司。頭脳明晰でスポーツも得意。クールなハンサムで、弟から見てもカッコいい、ひと回り年上の頼れる自慢の兄である。両親が事故死してからは親代わりとして僕を育ててくれ、感謝してもしきれない。警察庁キャリアで、警視だ。

「学生の方が色々と手伝えるし、冴子姉の事もある」

「あら。私は別にいいわよ」

 冴子姉はキョトンとして言った。

 風間冴子。姉御肌のさっぱりとした気性の人で、兄の婚約者である。母子家庭で育つがその母親は既に亡く、バイトで生活しながら作家への道を目指して来た。

 今我が家のリビングでは、3人で家族会議をしているのだ。

 冴子姉も、もう家族カウントでいい。

「兄ちゃんも冴子姉も、子供はいらないわけじゃないんだろ?」

「そりゃ、まあ」

「授かりものだけど」

 兄はきっぱりと、冴子姉は照れながら答える。

「だったら、冴子姉も年をとるんだから」

 冴子姉が、ピシッと固まった。

「皆とるから、皆。

 今の方が、出産も楽だって。腹筋とか、体力とか、血管や産道の柔らかさとか。産んだ後にも言えるよ。

 兄ちゃんも、子供が成人する時の年齢と定年退職の年齢を考えたら、今が良いよ。

 親が参加する運動会とかでも、若い人に混じるのはしんどいよ。兄ちゃんも冴子姉も、カッコいいしきれいだけどね。若いだけのやつに劣るとは思わないけどね、絶対に。

 それでも、今がいいと思うんだ」

 言うと、僕はコーヒーを啜り、兄は考え込み、冴子姉は急にお腹や頬をペタペタと触り始めた。

「……とにかくお前を1人前に育て上げるまでは、と思って来たが」

「うん、ありがとう。でも、兄ちゃんを犠牲にはしたくないしな。幸い、ここまで来たらもうどうにかなりそうだし」

「一理あるな」

 兄は頷いて、冴子姉を見た。

「冴子はどう思う」

「え?私は……正直そこまで考えてなかったわ。ほぼ毎日ここに来て、何か、満足してたというか。

 でも言われてみれば、そうかも知れないわね……」

「じゃあ、早めるという事でいいか」

「いいわ」

 ということで、家族会議の結果、兄達の結婚を早める事に決定した。


 そして、具体的な話に入った。

 入籍だけでというのも候補に挙がったが、記念だ。後でやっておけばよかったと思うかも知れない。それに、僕が見たい!

「そうだな。まあ、それは言える。ウエディングドレスなんて、結婚式以外では着る事もないぞ」

「まあ、そうよね。イギリス王室の結婚式が素敵だったし、ドレスと礼服で撮りたいわ」

「ああ、あれ。警察大学の卒業で着たやつ、カッコ良かったよ。モールとかついたアレ。凄く似合ってた」

 僕が言うと、冴子姉が目を輝かせた。

「うわ、見たい!それで行きましょ!

 でも披露宴はどうかしら。高いし、勿体ないし、義理で呼ぶなんてムダだわ」

「親しい人だけを呼んで内輪でパーティーするくらいでいいな」

「いいわ。写真だけ撮って、内輪パーティーにしましょう」

 兄と冴子姉は、あっさりしたものだった。

 まあ、お互いに親類はいない。招待客は、兄は上司、同期、同僚、友人と多くなりそうだが、冴子姉はほとんどいない。そのへんもあるのだろう。

「じゃあ、どこで写真を撮るかだな」

 流石にそれは選ぼうかという話になった。ドレスも借りないといけないし。

「まあ、式場で、写真撮影とドレスのレンタルのプランを比べてみるか」

 決定が早い。


 取り敢えずいくつかを見て回るうちに3つにまで絞り込み、その3つは僕も一緒に見る事になった。

 だが、その内の1つ、1番いいと思っているところに、問題が見付かった。ここは、スタジオでのいかにもな記念写真のほかにチャペルでも撮るのだが、そこが問題だった。

「何かいる」

 チャペルの見学をしていると、おかしな気配がしたのだ。

 見廻してみると、隅に若い女性がいた。

「こんにちは」

「羨ましい、悔しい、憎い、結婚したい」

 ブツブツと言い、泣いている。

 兄と冴子姉は動じていないが、スタッフは慌てていた。

「どうしたんですか」

「結婚しようって言ってたのに、お金持っていなくなっちゃって。親類にも友達にも何て言えばいいのか」

 結婚サギらしい。

「結婚したかったのに。ああ、羨ましい。あの男、どこに行ったのよ、許せないわ」

「過去は過去。新しい人生をつかみましょうよ」

「これが片付いたらね」

 彼女は薄っすらと笑うと、すぅっと消えて行った。

「また、面倒臭い事になるな、これは」

 僕は溜め息をついて、チャペルを眺めまわした。







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