第319話 はじめての○○(3)ロケット

 小学生は、康介とその辺の枝で地面に絵を描きながら、自分の事を話し始めた。

「ぼくは大野飛人おおのいくと、西小学校の3年生です。

 ああ、死んだ時は、です」

「ふうん。僕は怜。この子は康介」

「あう」

「よろしくね。

 実は、ペットボトルロケットの工作をここでする事になってた日、急いで来たら車にはねられちゃって。楽しみにしてたんだけどな。

 康介君。車には気を付けないとだめだよ」

「あう」

「ロケットが好きなのか?工作が好きなのか?」

「ぼく、大きくなったら、宇宙飛行士になりたかったんだ。ロケットに乗って、宇宙に行きたかったんだよ」

 飛人は晴れ渡った空を見上げた。僕と康介も見上げた。

 ペットボトルロケットか。材料はあったんじゃないかな。

「やるか」

 2人が、こっちを見た。


 まず、飛人を自分に憑けて、3人で家に戻る。

 材料は、炭酸飲料のペットボトル2本、牛乳パック、ビニールテープ、割りばし、ビニール袋、発砲入浴剤。

 ペットボトルの1本を上、中、下の3つに切る。そして牛乳パックを三角に切って周りをビニールテープで補強し、羽を作る。ペットボトルを切るのは僕、牛乳パックを切るのは飛人だ。その間、もう1本のペットボトルに、康介がマジックで絵を描く。

「飛人、気を付けろよ。羽の大きさ、形で飛距離が変わるぞ。

 おお、康介。なかなか芸術的だな」

「ひゃああい!」

 切ったペットボトルの中部分に羽を取り付けて、固定。取り付け位置をきっちりと均等な間隔にしないといけない。

「切ったボトルの口の部分を、康介が絵を描いたボトルの下にしっかり付ける」

 飛人は真剣にビニールテープを巻き、それを康介がジッと見る。

「その上に、羽を取り付けた部分を被せてつける」

「ん、できた!」

「おお!」

「割りばしの先にビニール袋を巻き付けて、その上から、袋が見えなくなるようにテープを巻く。ペットボトルの口よりも、少し太くなるようにな。

 できたな。

 じゃあ、燃料だ。発砲入浴剤を細かく砕く」

 飛人は包装フィルムの上から、入浴剤を叩いて砕いた。

「できた!」

「後は水だけど、これは、現場でやろう。水と入浴剤を混ぜたら、急がないとだめだからな」

「おおお」

 3人で、グラウンドに戻る。

「羽つきの方の口から、水を3分の1程入れる。40度くらいの生ぬるいお湯だと早いんだけどな」

 言いながら、それを持って、人のいない方へと移動した。

「いよいよだな。ここからは、スピーディ且つ正確に」

「了解」

「あう!」

「水に、砕いた入浴剤を入れて、素早く、割りばしで栓をしろ。テープで巻いたところを口に入れるんだぞ。

 で、割りばしの反対側を地面に挿して、離れて待つ。角度を考えろよ」

 物理公式で最適な角度を割り出すのは簡単だが、多分そこまでは飛人も希望してはいないようだ。

 3人で、少し離れた所にしゃがみ込んで、ジッとペットボトルロケットを見守る。

 失敗してないだろうな、とドキドキしてくる。

「あ」

 プシュッと音を立てて、ペットボトルロケットが空へ飛んだ。水が噴き出て、虹を作る。

 そしてそれは、放物線を描いて地面に落下した。

「やったーっ!」

「おおーう!」

「良かったー!」

 3人で、思わず万歳をした。

「あう!あう!」

 康介も飛人も興奮し、手を取り合ってグルグル回っている。僕は心の底からホッとしていた。

「ありがとう!楽しかったよ!ぼくの……ぼくたちのロケットが飛んで、凄く嬉しい!」

 飛人は笑顔で僕を見上げ、そして、キラキラと光になって、消えた。

「うう?ああー」

 康介は飛人が突然いなくなって驚いたようだが、虹同様、キラキラと光るのを喜んでいた。

「さて、帰るか。帰って、絵本でも読もう、康介」

「うあ!」

 ペットボトルロケットを拾い上げると、僕達は手をつないで、家に戻った。


 ご飯を食べさせて、写真集を見せていると康介が眠り出したので、その間に洗い物と洗濯物の取り込みをする。

 そうしていると、ドアが開いて、そうっと京香さんと康二さん、なぜか兄ちゃんと冴子姉まで、足音を忍ばせて入って来た。

「え?ん?ビデオカメラ?」

「いやあ、ありがとうねえ、怜君。康介、ごきげんだったわねえ」

「本当にありがとうね」

「はい?」

 話が見えないぞ。

「ミッションコンプリートね!」

「怜も、苦手克服できたな。兄ちゃんは、感無量だぞ」

「兄ちゃん、仕事は?何?」

 騒ぎに康介が目を覚ます。

 子供の寝起き寝付きは、瞬間だ。目を開けた瞬間に、笑顔になる。

「ああ!」

「ただいま、康介。はじめてのお留守番、よくできましたね」

「ああい!」

「怜も、はじめての子守り、よくできたな」

「……ああ。そういう……」

 図ったな、皆で。

「怜お兄ちゃんに遊んでもらって楽しそうだったな」

「ああ、ぶぶぶーん、おお」

 何やら康介なりに、報告しているらしい。ロケットを持って、熱演していた。

「何とかなってよかったよ。それにしても、母親って大変だなあ」

「あはは。何とかなるもんよ」

「はじめてのお留守番のビデオも残しておかないとなあ」

 康二さんも京香さんも、ご機嫌だ。

「怜も、はじめての子守り、残しておかないと」

「いらないから。それより、仕事は?」

「休みだ。いらないってことはないだろう。はじめてのおつかいも残してあるんだぞ」

「えっ!?」

「きつねのリュックを背負って、食パンを買いに行っただろう。俺は後を尾けていた。はじめての尾行だな」

「ええ……」

 初めて聞くビデオの存在に、動揺する。変なビデオ、ないだろうな。初めてシリーズ。

 すると、康介がよろよろと、写真集片手に寄って来た。

「えーん、えん」

「ん、何だ?本の続きか?さっきはアンドロメダ大星雲まで見たな」

 康介は僕の膝に座って、開いた本を覗き込んだ。

「康介はどの星座が好きだ?」

「んああ……えん!」

「円か?星座ではなく、星雲という事か?」

 僕と康介の会話を聞いていた他の4人だったが、兄が苦笑した。

「合っているのかいないのかわからない会話だな」

「怜君。康介の年で円はわからないわよ。

 ハッ。もしかして、『レン』って言ったの!?」

 京香さんと康二さんが、ハッとする。

「ママじゃなくて!?」

「パパは!?」

「……はじめての言葉は、もしかしてレンですか」

 冴子姉が言って、皆でまじまじと康介をみる。

「あい!えん!」

 京香さん夫婦がグラリと倒れ、兄がなぜか勝ち誇ったように笑い、冴子姉が困ったように笑った。そして僕は、こちらを見上げて続きをせがむ温かい存在を、もう、苦手とは感じなくなっていた。

「じゃあ、馬頭星雲の写真を見よう。馬の形だぞ」

「おおお……!」

 初めての子守りも、悪くなかった。




  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る