第306話 心霊特番・スペイン(3)ラテンの男
祭りやパーティーで、見習いの子が子牛を使ってミニ闘牛をするというのはよくあることらしい。小さいし、重量もそんなには無いし、本番ほどに興奮させてはいない。
「今回はそれで行きます。ただし、場所は本当の、闘牛場を使用します」
ディレクターが上手く交渉して、そうなったらしい。
「それでも万が一の為に、銛打ち、槍打ちとして講師が控えますが、高田さん、逃げ方は大丈夫ですね」
「はい。バッチリ練習しました」
「では、始めましょう」
カメラはもう回っている。
子牛が出て来る。本番に比べたらとてもかわいい。闘牛というより、ハイジだ。
高田さんにはホセさんが憑いており、難なく仕留めた。
「お見事です」
「おおお!」
拍手が起こる。
だが、ホセさん的には物足りなかったらしい。不満そうな顔で、考えている。
次の瞬間、登場口の向こうから何か声がして、講師陣がサッと振り返った。皆もそちらを注目する。
「ん?うわあ!何で!?」
立派な体格で大きな角を持つ牛が、走り込んで来た。たいして興奮はしていないようだが、それも、現時点ではという程度だ。
「そう来たか」
頭が痛い。
講師陣は高田さんと牛の間に入り、「逃げろ」と言っている。
だが、高田さんは表情を失くした後、笑い声をあげた。
「やってやるぞ!」
「ホセさんだ!」
皆が高田さんを指さして叫ぶと、高田さん、いやホセさんは笑いながら手を振り始めた。
「うわあ……」
「ホセさんを今浄化したら!?」
「逃げ出すにしても、危険はどっこいどっこいでしょうね」
「どうしよう!」
「直、いや、町田の出番ですね」
「鎮静化して鈍らせると、仕留めやすいですねえ。講師もいるし」
「足止めしたらホセさんが不満を残すから、一応仕留めさせるのがいいでしょう」
言いながらも、目は闘牛場から離さない。
普段、ピッタリのタイミングと位置に適当な札を送ってくれる直だから、そう心配はしていない。むしろ、それが見られるのが楽しみだ。
牛が急に、頭を振り、足をかき、涎を垂らし始める。興奮しだしたようだ。
決まった本数の、銛を打ち、槍を打つ。そしてホセさんが、旗を構える。
動くものに反応する牛は、そこを目掛け、頭を低くして突っ込む。その手前で鎮静化の札を受け、動きは鈍っているが、それでも、危険がないわけではない。
「怜、行かなくていいの」
「直を信じろ。直の札使いは一級品だぞ」
「えへへ、照れるねえ」
言った美里様は、そういうものかと納得したように、落ち着いた。
ホセさんは旗で何度か牛をいなして弱らせる。その度に牛は、足が重くなり、遅くなる。
そしてとうとう、ホセさんは牛に剣を刺した。
どうと牛が倒れると歓声が上がり、講師達とホセさんがにこやかに握手をし、皆は闘牛場になだれ込む。
僕はホセさんに近付くと、胸倉を掴んで揺さぶった。
「ホーセーさーんー」
「いや、あまりにもアレだったもんで」
「約束と違うよねえ」
「でも――あ――ごめんなさい。もうしません」
「当たり前だ。切り刻んで祓うぞ」
「ヒッ」
浄力を当てて高田さんから剥がし、それを直が拘束する。いきなり正気に戻った高田さんは、キョロキョロしながら、
「え、どうしたんだっけ。そう、牛が――牛!?それ!?何で、何があったの!?」
とパニックだ。
僕は短く嘆息して、訊いた。
「それで、納得しましたか」
ホセさんは笑顔で、
「スッキリした!ありがとう。タカダ、感謝する。ありがとう」
と言った。
「後は女の子とデートだな。そっちの美人の彼女もいいが、可愛い彼女も捨てがたい」
「お疲れ様でしたぁ」
浄力を当てると、笑顔のままホセさんが消えて行く。
「流石はラテンの男だねえ」
「ああ。どこまで面倒臭いんだ」
僕と直は、嘆息した。
スペインロケが終わり、空港で飛行機を待つ間、各々お土産を買ったりしていた。
「色々あったなあ。でも、いい経験したな」
高田さんは前向きだ。
「そろそろ移動しまあす」
言われて、立ち上がる。
「あれ?えりなちゃん?」
ミトングローブ左手右手が立ち尽くすえりなさんに声をかける。えりなさんはフラメンコで使う羽付きの扇子を前にボンヤリしていたが、扇子からは、何やら気配がしている。
まずい。面倒臭い予感がする。
「行きますよ。フラメンコダンサーの無念とか、知りませんから」
「はいはい、次だねえ」
「はっ。は?あ、あれ?」
僕達は足早に、搭乗口に向かったのだった。
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