第305話 心霊特番・スペイン(2)ミスター苦労人

 少年はエレンと名乗った。まだ10歳で、ヒョロリとした体格の気弱そうな、いかにもインドア派なタイプだった。父親は会社員で母親は専業主婦、姉は高校生。家は近所の普通の家だった。

 可視化の札で見えるようになったのは、青年だった。

「この子の母親の母親の……とにかく先祖で、ホセだ」

「ホセ……思い出したわ。闘牛士を目指してたんだけど、デビュー戦で、牛に蹴り殺されかけて大けがをして引退。家の農場で働いてたけど50くらいの時に牛に踏まれて亡くなった人が、確か……」

「俺だ」

 訳すと、美里様は言った。

「牛に祟られたような人生ね」

「ああ。まさに、踏んだり蹴ったりだな」

「お、ナイスだねえ」

「大喜利してないからね、そこのドSトリオ」

 高田さんがナチュラルに突っ込む。

「あれは、ちょっと失敗したんだ。直射日光が目に入ってよく見えなくて……。だから、あれさえなければ上手くやれてたんだ。

 1回でもいいから、マタドールとしてやりたかった。せめて子や孫が。そう思っていたのに、生まれるのは女の子ばかり。やっと生まれた男の子はこのエレンだったんだよ」

「だからって、憑りついていきなりやらせるのは危ないでしょう。どう見てもインドア派だ」

「そうなんだよなあ。でも、諦めきれない。

 ああ、せめてもう少し体格がしっかりしてれば、俺が上手くやれるのに。そう、丁度このくらいの」

 ホセは、高田さんに目を向け、そのうちに肩などをペタペタと触り出した。

「え、何?何なの?」

 高田さんはニコニコしながら訊いて来る。訳すと、皆「成程」と頷いた。

「協力してもらえないだろうか」

「え……」

「1回でいいんだよ。頼む」

 手を合わせて頭を下げるホセに、皆の視線が僕に向く。

 訳すと、ディレクターは大喜びし、高田さんは狼狽え、ミトングローブ左手右手とえりなさんが羨ましがった。

「凄い、凄い!」

「凄いだろうけど、無理だろ」

「高田さん、ここはひとつお願いしますよ」

「えええーっ!?」

「ケガなんてさせないから」

「その自信はどこから来るのかな、ねえ」

「先祖の願いなら、どうにか叶えてもらいたいけど」

「ちょっと待ってよぉ」

 話し合いは紛糾した。

 そして翌日。一同の姿は闘牛士学校にあった。

「緊急企画第2弾!ホセさん成仏作戦!

 マジで頼むからね。ケガとかシャレになんないから」

 高田さんは、空気を読む苦労人だった。


 模型の角を持った人間で、繰り返しイメージトレーニングを行う。その後、角の無い、体の小さな子牛にタッチする練習をする。

「意外といいんじゃない?」

 広いつばの帽子と大きなサングラスでサングリア片手に日陰から眺めながら、美里様が言う。

 汗だくの高田さんとの対比が凄い。

「いやあ、いい番組になりそうです」

 僕と直は、テレビの人って恐ろしい、と思った。

 食い入るように高田さんをみているホセさんに、釘を刺しておく。

「そのまま乗っ取ろうとしてもだめですからね。死ぬ程……いや、もの凄く後悔するように祓いますからね」

 ホセさんは狼狽えたように視線を泳がせ、忙しく頭を振って、

「わかった、わかってる、勿論だとも」

と約束した。

「直。一応対策を立てるべきかな」

「どうだろう。まあ、納得するとは思うけどねえ。

 それよりもケガ対策じゃないかねえ」

「闘牛学校全面協力とは言え、絶対はないしなあ」

「子牛だし、興奮させないで使うから大丈夫だとは思うんだけどねえ」

 小声で話しながら、ギラギラする目で高田さんを見るホセさんに、面倒臭い予感がするのだった。






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