第304話 心霊特番・スペイン(1)闘牛

 元リナーレス宮殿、現カサ・デ・アメリカ。綺麗な建物だ。ここに出る霊は言い伝えが諸説あるが、ともかく、女性が目撃されるという。ベランダで鈴を振っているとか、建物内をうろついているとか、声がするとか。

 そこまで怖い感じはなく、ミトングローブ左手右手とえりなさんが怖がるだけで、撮影は終了した。締めの映像で、後ろのベランダに手を振る影が映っていたくらいだ。


 翌日、朝食の席で、ディレクターが言った。

「ここはまあ、数合わせと言いますか。メインはイタリアとイギリスで。

 だからスペインは、スポンサーからの要求の、観光ガイドと思ってて下さい」

 思い切り、本音だった。

「今日は自由時間でしょ。闘牛見たいわ」

「日本に帰ったら徳之島にでも行くか」

「牛と牛の闘牛じゃないわよ、ばかっ」

 美里様はムッとして、

「イタリアでは散々協力したでしょ」

と言う。

「それは美里様に憑いていたからで……ああ、はいはい。わかりました。直、いいか」

「勿論。いいねえ。ロマンだよねえ」

「そうよね」

 直と美里様は、意気投合している。まあ、闘牛か。見たくない事もない。いや、見たい。

「じゃあ、食べ終わったし行きましょ」

 さっさと立とうとする美里様に、ディレクターが

「チケットとか通訳はどうしましょう」

と言うが、美里様は、こっちを見た。

「スペイン語はできますから」

 言うと、高田さん、ミトングローブ左手右手、えりなさんも付いて来る事になって、カメラさんも付いて来る事になった。

 大所帯だ。気付くと、いつもの撮影での移動とほとんど変わらない。

 ソルという日向の席とソンブラという日陰の席とソル・イ・ソンブラという一日いればどちらにもなる席とでは値段が違う。しかしとにかく日差しがキツイので、熱いし、灼ける。女優がいる以上、日陰にするべきだろう。そう思って、ソンブラ席を取った。

 ちょうど中段あたりに、全員で固まって座る。地元の人は日向に多く、日陰は観光客と地元でも裕福そうな人が多い。僕達の近くには闘牛学校のオーナーとレストラン経営者がいて、テレビの撮影だというと、観戦の仕方などを色々と教えてくれた。

 一巡見たところで、施設内まで案内してくれるとまで言うので、ディレクターが大喜びしていた。

 出場を待つ人間。銛、槍、剣の手入れ。暗い所で待つ牛。出演者達も銛などを持たせてもらっている。ディレクターもカメラさんも、すでに仕事だ。嬉々として、カメラを方々に向けている。

 闘牛場への入り口近くに来ると、観客の歓声がわあっと聞こえて来た。

「ここで、緊張するんだろうなあ」

「舞台の袖みたいなものね」

 高田さんと美里様は、想像しているらしい。

 それをカメラさんが逆行で撮っていると、フラフラとした足取りで出て行こうとする少年が近付いて来た。

「ん?ちょっと、君、君!」

 慌てて、周りの人達が止める。

 ジーンズにTシャツの中学生くらいのその子は、焦点の定まっていない目と夢遊病者のような様子で、

「行かなくちゃ。上手くやらなくちゃ。できる、できる、大丈夫」

とブツブツ言っている。押さえつける手をはねのけようとする力は、驚くほど強い。

「怜」

「だな」

 大の大男を引きずって登場口まで近付く少年に浄力を当てると、ガクッと少年は態勢を崩し、キョロキョロと辺りを見廻した。

「あれ?」

「あなたに今霊が憑りついていたんですが、心当たりはありますか」

 少年は握りしめていた銛に気付くと、悲鳴を上げてそれを手放そうとした。

「ねえ、怜君。もしかして」

 高田さんが訊いて来る。

「はい。憑いていますね」

「ここで来たかー」

 ディレクターが嬉しそうに笑った。





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