第292話 籠女(3)明日

 童謡が隠喩を含む事があるのは知られている。『かごめかごめ』もその内の1曲だ。

 かごめというのは何か。主に説は2つ。妊婦を表すものという説と、遊女を表すものという説だ。

 妊婦の方では、お腹の中にいる胎児が出て来る、生まれて来るのはいつだろう。ところがツルッと滑って転んでしまった、という解釈で、更に、後ろを向いたら、背中を押した人間が立っていた。愛人か姑か小姑か──というものだ。

 遊女の方は、借金でつながれた籠の鳥である遊女が、いつになったら年季が開けるのだろうと嘆き、毎夜、客を取る。そして終わったと思ったら、後ろには次の客がいる、という解釈だ。鶴と亀は、男性器と女性器を示すらしい。

 前者だとしたら恐ろしい、後者だとしたら悲しい歌である。

 ともあれ、明惷さんに憑いていたのは遊女で、後者の解釈が当てはまっていたというわけだ。

「どうしたもんかな」

 深くつながっていたのは、時間的なものもあるだろうが、両者の立場が酷似していた事が原因かも知れない。

「もうすぐ自由になれる、か。明惷さんに乗り移る気かねえ」

「それで、乗っ取って自由に生きる、かな」

 まあ、そうだろうなあ、と思いながら考え込む僕達に、刑事が訊く。

「もし強引に祓ったらどうなりますか」

「空っぽの意思も意識もない状態になるかも知れませんね。良くて、人格や記憶に欠損がでるとか」

 刑事は、苦い顔をした。

「まあ、何とか考えます」

 僕と直は、夜を待った。


 明惷さんが眠りにつき、つないだパスから夢に侵入する。

 旅籠だろうか。どこかから、『かごめかごめ』も聞こえて来る。

 部屋の真ん中には布団が敷いてあり、その布団を挟んで、昼間の遊女と明惷さんが立っていた。それを、横から眺めている形になる。

 遊女が滑るように1歩足を踏み出す。それに、明惷さんが引き攣ったような声を上げ、遊女は視線を明惷さんにすえたまま嗤う。

「恨めしい。それも明日までの事」

「やめて、ごめんなさい」

「明日が楽しみだこと」

 成程。接触は明日らしい。

 歌声が一層大きくなり、遊女の狂ったような笑い声が響き渡った。


 翌日、朝から明惷さんは半狂乱という有り様だったらしい。それを宥め、必ずどうにかするからと言って、夜を待つ。

「憑りつくなら、借金で縛って金を吸い上げるやつらの方にすればいいのにねえ」

「全くだ」

 僕と直のそばで震える明惷さんは、強張った笑みを浮かべている。

「大丈夫。何とかしますから」

「お茶飲みますかねえ」

 直はさりげなく鎮静効果のあるお茶を勧め、明惷さんを眠りにつかせた。

 それで、僕達もパスを介して、明惷さんの夢の中へ入った。






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