第289話 死後婚(4)夜中のラーメン

 病院に頼んでどうにか個室に入れて貰った。

 そしてその日を待つ。7日後のいつ来るのか、そこまで言って欲しかったが仕方がない。ジッと待つだけだ。

 やがて、夕方を過ぎ、消灯時間になり、もうすぐ日付が変わろうかという頃、うすら寒い気配が病室にひたひたと満ちて来る。

 ベッドの上の人影は、疲れ切ったのかピクリともせずに眠りについている。

 その傍らに現れた青年は、眠りを妨げるのを恐れるようにその寝顔を眺め下し、やがて、右手を肩まで上げた。そして、一気に首に振り下ろす。

 肉体はそのままに、半透明の頭部がブレるように転がった。それを青年は愛おしそうに抱く。

 そして、気付く。それが真っ赤な偽物である事に。


     オノレ ドウイウコトダ


 憤怒で表情が歪み、溢れる気配が、禍々しい物に変わって行く。

「花園さんは婚約したつもりはないそうですよ」

 僕と直が結界から出る。


     ワタシノツマダ


「そういうわけには行かないんですねえ」

 青年を札で拘束し、申し訳なさそうに直が言う。

「婚約は、相手の意思も確認しないといけませんよ」

「じゃないと、ストーカーだねえ」


     ソンナノシルカ

     ムカエニイクトイエバ ヨロコンダ


 ああ、誤解してたから……。

「とにかく、彼女との結婚はなしです。

 新しく踏み出して、新しい人生で結婚したらいいんじゃないですか」


     カノジョヲ ワタセ


 僕と直は、嘆息した。

「そうですか。わかってもらえなくて残念です」

 どんな理由で亡くなったのか知らないが、若くして亡くなった事を気の毒に思う。だから、強制的に祓うのは気が進まなかったのだが、仕方がない。

 右手に刀を握り、一閃で青年を斬る。

「次は、いい人生を」

 青年はこちらを見、ぼんやりとしたような顔をしてから、泣き笑いのような表情を浮かべて消えて行った。

「逝ったねえ」

「婚活かぁ。独身でいる自由がこっちではあるのに、不便だな。それに縛られて、相手が見付かるまで逝けないなんて」

 青年の行く末を祈った。


 髪の毛を埋めて気配を本人に似せた人形を持って、隣の、本当の病室に行く。

 結界の中で気配も姿も断って隠れていた花園さんと桐生さん、部の皆は、同時にこちらを見た。真先輩が確認する。

「上手く行ったんだね」

「はい。逝きました」

「そうか。失恋やなあ」

 智史が、寂しそうに言う。

「う、まあ、仕方ないねえ。お互いに縁が無かった出会いだねえ」

「ああ。出会いがあると思ったのに。もう日付が……!」

「真奈可。あんたねえ……」

 花園さんと桐生さんは同時に肩を落とした。それにしても、花園さんのメンタルは強いな。

「お疲れ様です」

 宗が言うと、

「あの人も人生がスタートできるし、花園さんも助かったし、良かったです」

と楓太郎は落ち込む花園さんと智史を気遣う。

「ん、そうだな。

 さて、帰るか」

「そうだねえ。夜中だよ」

「ラーメン食べへん?何や腹減った。

 なあ、何ラーメンが好きなん。オレは味噌豚骨やな」

「え、自分は塩ですかね」

「ぼく豚骨!」

「ううん。ぼくはつけ麺か魚介出汁だなあ」

「ボクは味噌だねえ」

「僕は醤油だな」

「見事にバラバラやなあ」

 生きている事の楽しさを、感じる思いだった。そして、これが続く事を願いながら、ラーメン屋を目指して歩き出した。




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