第288話 死後婚(3)誤解
相談に訪れた桐生萌恵さんと病院へ行くと、ベッドに横たわった花園真奈可さんは、意外と元気そうだった。
ベッドサイドに、慈愛の表情を浮かべた青年の霊がいる。はて。守っているのだろうか?
僕と直はちらりと目を交わした。
「事故だそうですね」
自己紹介が済むと、早速本題に入る。
「ミニバイクで転んじゃって。何か突然ハンドルが動かなくなって、ブレーキもかからなくなって、電柱に突っ込んだんです。でも、おかしなところはないって、警察は言うんですよ」
なぜか明るい。
疑問に思う僕達と同じなのか、桐生さんはイライラと言った。
「何、呑気な事言ってんのよ。吹っ飛んだ先にたまたま大型ごみでソファが捨ててあったから骨折で済んだのよ?この前は物干し竿が目の前10センチの所に落ちて来るし、その前は駅のホームで落ちかけて轢死するところだったの、忘れたの?」
「凄い」
智史が思わず言った。
「いやあ、忘れてないわよ。物干し竿が落下して来た時の風圧も、転がったのを呆然と見た後にドッと出た冷や汗も、線路の傍の待避所に転がって聞いた列車のブレーキ音も」
ニコニコと言う花園さんに、僕達は、首を捻った。
覚えてても、マヒしてるのか?現実感がないのか?
「まさか、まだ言ってるの?予言とか言うの」
「予言?」
僕達の声がはもった。
「死にかけてる時に、見たんです。若い男の人が『7日後に花嫁として迎えに行く』って」
ウットリとして、花園さんが答える。
傍で青年の霊も笑う。
「7日後って明後日だけど、それらしい事あったの?」
「ないけど」
「先生は既婚者、看護師さんは女性、病室も女性だけ、そして真奈可は骨折でベッドから動けない」
「……」
「無いわぁ」
花園さんは口を尖らせて、でも、とか言っている。
「恋人と出会う予言というよりも、死ぬ予言に聞こえるんだけど」
桐生さんが言い、こちらを見る。
「そうですね。あの世からのお迎えに聞こえますね。花婿は、あの世の人?」
僕が言うと、花園さんは笑いかけ、ハッとしたような顔をした。
「まさか、死後婚……」
チラリと、青年の霊を見る。反応は無い。
「死後婚の風習がある地域に調査しに行ってたところだったんです。丁度地震にあったのも、そこで……」
「そこで心停止したんですねえ?」
「……」
誰もが、それだ、と確信した。
途端に花園さんが慌て出す。
「ちょっと待って。じゃああれは」
「死者の霊でしょうか。ちなみにその人は、背が高くて痩せ気味で細面の20代初めくらいの人ですか」
「ど、どうしてそれを」
言っていいのか悪いのか迷うが、全員、分かっている。
「そこにいるので」
青年の霊はニッコリと笑って消え、花園さんはギャアアと叫んだ。
花園さん以外で、喫茶室にいた。空気が重い。
「後2日か」
真先輩が唸って腕を組む。
「死後婚なあ。幽霊も婚活するねんなあ」
智史は感心したように言う。
「ホントにバカなんだから……」
桐生さんはガックリと肩を落としている。
「どうします、先輩。結界で防いで、祓いますか」
「それに持って行きたいんだがな」
宗に答えると、宗も楓太郎もキョトンとし、直が引き取る。
「言わば契約印みたいなものができててねえ。一方的な解除で、怒り出したらただじゃすまないかも知れないんだねえ、これが」
「怜先輩と直先輩でもですか」
「婚活やで、合コンやで。やっとまとまったと思ったらヒョイと逃げられるようなもんや。結婚サギやで。そら、腹立つやろうなあ」
智史がしみじみと言って、全員が納得した。
「立ち直れない……」
桐生さんが呻く。
「まあ、試してみる手立てはあるし。な、直」
「そうだねえ。上手くいくといいんだけどねえ」
「というわけで、花園さんの髪を少しいただきたいんですが」
「いいと思いますよ。ええ、いいですとも。この際反省するように、丸坊主にしてやってもいいです」
桐生さんの目が、座っている。
何か怖い……。
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