第290話 籠女(1)肝試し
酔った勢いというものがある。普段ならそんな事をしなかっただろうし、それ以前に、そんな所へ行かなかっただろう。
しかしその夜は盛り上がり、仲間達と、肝試しに行ったのだった。
詳しい事は誰も知らない。ただ、その石塔の上に手を乗せてはいけないという事だけはわかっていたので、幽霊なんて怖くない、来るなら来い、と笑って、石塔の上に肘をついて記念写真を撮ったのである。
仲間も笑ってはやし立て、その夜は高笑いしながら帰ったのだ。
その夜の事だった。
かごめ かごめ
籠の中の鳥は
いついつ 出やる
夜明けの晩に
鶴と亀が すべった
後ろの正面 だあれ
林明惷は、片言の日本語は少しわかるが、あいさつ程度だ。だから聞こえて来たその歌が、『かごめかごめ』だとはわからなかった。
そして、自分の周りにある部屋の調度品が、日本風ではあるものの、現代風ではないと思った。ましてや、自分の部屋でもない。
第一、自分の正面に立つ女は、映画で観たような髪形と着物で、明らかに現代の格好ではない。美人ではあるが表情はきつく、まるで睨んでいるかのようだ。ただ赤い唇だけが、キュッと吊り上がっている。
ああ、夢だから。そう、納得する。
女がゆっくりと、自分の方に足を1歩進めた……。
日本に来て以来見慣れた天井が見えた。
体を起こしたが、異様にダルい。そして、甘いような白粉の匂いが微かに香った。
風邪かとも思うが、休むわけにはいかない。今日も、しっかりと働かなくては。そう思って、明惷は勢いよく布団から立ち上がった。
スズキを2切れ間に味噌を挟んで重ね、湯葉で包んで蒸す。それを皿に盛って、上に木の芽を飾る。後は、きゅうりとタコの酢の物、レンコンとごぼうと人参とこんにゃくの4色きんぴら、山菜ごはん、茶そば。
スズキの蒸し物を飲み込んで、兄は満足そうに頬を緩めた。
「うん、美味い。味も香りもいいな」
御崎 司。頭脳明晰でスポーツも得意。クールなハンサムで、弟から見てもカッコいい、ひと回り年上の頼れる自慢の兄である。両親が事故死してからは親代わりとして僕を育ててくれ、感謝してもしきれない。警察庁キャリアで、警視だ。
「本当に。こういうの食べると、味だけでなく見た目や香りも大事だってわかるわね」
冴子姉がしみじみと同意する。
風間冴子。姉御肌のさっぱりとした気性の人で、兄の婚約者である。母子家庭で育つがその母親は既に亡く、バイトで生活しながら作家への道を目指して来た。
「良かった。ご飯とそばときんぴらは、おかわりあるからね」
ホッとして、僕もスズキを口に入れる。
御崎 怜、大学2年生。高校入学直前、突然、霊が見え、会話ができる体質になった上、神殺し、神喰い、神生み等の新体質までもが加わった、霊能師である。面倒臭い事はなるべく避け、安全な毎日を送りたいのに、危ない、どうかすれば死にそうな目に、何度も遭っている。
「明日、陰陽課からの依頼で仕事なんだろう」
「うん。入出国管理法違反と売春で検挙された人の中に、おかしな人がいるらしいよ。どうも、肝試しに行って、バカな事をしたようだって」
「肝試しかあ。行ってみたいとは子供の頃から思ってた割に、行った事無いのよ。せめてもと思って、心霊番組を見るかお化け屋敷に行くくらいね」
「それがいいよ、冴子姉。危ないからお勧めしない」
「テレビのって、本物ばかりじゃないでしょ」
「うん。でも本物はあるし、本物だと、面白半分に見に来たって事で怒り出すのもいるし。ましてや、バカにするとかは論外だ」
「その人も怖いもの見たさで行って、勢いでバカな事をしでかしたんだろうな」
兄が、苦笑を浮かべた。
「夏になってくれば、増えそうね」
「増えるんだよ」
僕は明日会うバカを思って、ウンザリと溜め息をついた。
「ああ。面倒臭い」
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