第286話 死後婚(1)死者の婚活事情
民俗学を学ぶ
アジア各地のみならず世界中に、死後婚、冥婚と呼ばれるものがある。主に独身で亡くなった者を不憫に思い、せめてあの世で結婚させようというものだ。現代でもしている所はほとんどないが、日本でも戦後くらいまでは、ムサカリ婚などという名で行われていたものだ。
ムサカリ婚というのは、亡くなった者と架空の者の花婿・花嫁姿を絵に描いて、ムサカリ絵馬という形で奉納するというもので、主に山形で行われていた。
その集落で行われていたのは、結婚式ではなく、言わば合コンだ。未婚で亡くなった者の写真が一ヶ所に集められて、壁に貼られる。そうするとそのうちに写真がはがれるらしいので、そうなれば「婚姻が成立した」とされるらしい。まあ、昔は写真ではなく、名前を書いた紙だったらしいが。
真奈可はびっしりと写真の貼られた寺の小部屋に案内され、写真を見て回った。
戦時中らしきものもあれば、昭和の雰囲気のもの、中には最近のものまであるし、年齢も、30代もいれば、幼児までいる。
親心と捉えるのか、死んでも婚活を迫られると捉えるのか、現代っ子にとっては微妙なところかもしれない。
と、不意に足元からグラグラと揺れ出した。地震だ。震度自体はそうたいしたこともなさそうだ、とホッとした真奈可だったが、運の悪い事に、転がって来た瓶を踏んで転んでしまった。
アッと思ったのもつかの間、すぐに意識も無くなる。
いや、心停止していたのである。
最初の異変は、臨死体験とでもいうべきものだった。
知らない青年が、目の前にいた。細面で、年齢は真奈可と同じくらいか。その青年が、言った。
「7日後に、花嫁として迎えに行きます」
「へ?」
真奈可はキョトンとした。
が、そこで目が開き、寺の天井と、心配そうにのぞき込む住職の顔が見えた。先程の青年とは違う。
「恋人もボーイフレンドもいないのに、何……あ、これからできるという予言!?病院!?医者!?よしっ!」
「は、花園さん?大丈夫、なようですね」
住職がホッとしたように笑う。
心停止していたのはほんのわずかで、案内してくれた住職が心臓マッサージをしてくれたので事無きを得たのだが、この奇蹟体験が、この後とんでもない恐怖体験になろうとは、誰も予想してはいなかったのである。
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