第284話 望む(3)危険なアルバイト

 倒産して数か月になる、街工場。そこが良く見える喫茶店で、僕達は監視していた。

「昨日のあの犬に襲われてた人、大手保険会社の営業部長だったよ。部下に厳しく上司に優しいタイプ」

 徳川さんがココアを飲みながら言った。

 徳川一行。飄々として少々変わってはいるが、警察庁キャリア組警察官で警視正。なかなかやり手で、必要とあらば冷酷な判断も下す。陰陽課の生みの親兼責任者で、兄の上司になった時からよくウチにも遊びに来ていたが、すっかり、兄とは元上司と部下というより、友人という感じになっている。

 普通は現場に出て来ない役職だろうに、こうして、興味のある所にはフラフラと出て来る。

「うわあ。弱者を虐げる人だねえ」

「まさしく、あいつらのターゲットだな」

 僕と直も、同情する気が失せた。

 犬に憑いていた霊は車にはねられて死んだ犬で、この男を殺したらその体をやると言われて、その気になったらしい。それを持ちかけたのは、この前と同じ、弱者を虐げる者に復讐しようと言っているやつらだった。

 そこで今は、やつらが拠点にしているこの場所を見張って、決定的瞬間を待っているのだ。

 まあ、犬を使っている時点で、人間ほど正確でも細やかでもない命令しか下せないから、襲撃もある種いい加減になったので助かったらしい。

「どのくらいいるんですか」

「10人程度だね。いずれも、リストラされたり、派遣切りにあったり、無茶なノルマや過酷な労働条件を押し付けられて退職を余儀なくされたりした人らしい。労働基準監督署に訴えるとかすればいいのに」

 徳川さんは言って、嘆息した。

「と、誰か来たぞ」

 メンバーと認定されている人間が、もう一人を連れて歩いて来た。

「新メンバーかな」

 良く見て、僕と直は目を疑った。

「千野さん!?」

「起業資金が集まらなくて世を拗ねたのかねえ?」

「知り合いかい?」

 僕達は、彼の事を説明した。すると徳川さんは、

「バイトかも知れない」

と言い出した。

「自主製作の映画にエキストラ出演して10万円って、学生とかハローワーク付近にいる人に声をかけているのが確認されてるんだ」

「……そんな怪しい話に、まさか乗ったのかねえ?」

「今の千野さん達は、1万円でも欲しいかも」

「映画なんてわけないぞ」

「じゃあ、本当の仕事って何だ?」

「……犬じゃなく人間を依り代にしたら」

 2秒、3人共黙って想像した。

「まずい」

 ガタッと徳川さんが立ち上がる。

「千野さん、何やってるんだよう、もう」

「ああ、面倒臭い」

 僕達は慌ただしく、突入の準備に入った。


 メンバーが揃うのを待ちたかったが、仕方がない。こっそりと陰陽課のメンバーと一緒に、窓や入り口に近付いて、様子を窺う。

 工場だったそこは、機械類は売り払われて何もなく、コンクリートの床の上に、円に何やら色々と付け加えられたようなものが書いてあった。

 千野さんはそれを興味深気に眺め出したが、すぐにメンバーに声をかけられて、そちらに顔を向けた。

「今日は、ありがとうございます。やっていただきたいのは、儀式に使われる人間の役です。この陣の真ん中に寝ていてもらうだけでいいですよ」

「それで10万円ですか」

「はい」

 流石に怪しんだか?

 だが千野さんは笑顔で、

「ありがとうございます!」

と言った。

 人がいいというか、何と言うか……。

「じゃあ、早速」

 促されて、千野さんが陣の真ん中にあおむけに横たわり、それを取り囲むようにメンバーが立ち、呪文を唱え始める。

「まずい」

 僕達は一斉に飛び込んだ。

「千野さん、そこから退いて下さい!」

「え?」

 驚いて身を起こした千野さんの腕を掴んで、沢井さんが力づくで陣から退かせる。

「あ、待て!」

 そして、それを阻止しようと手を伸ばしたメンバーの1人が、陣に踏み込み、態勢を崩して転んだ。運が良いのか悪いのか、陣の真ん中だ。その時たまたま、呪文を唱え終わった。

「あ」

 陣の真ん中から濃い気配が湧き上がり、倒れ込んだメンバーを包み込む。

 誰もが凍り付く中、それはその彼の中に入り込み、彼は、糸で吊るされたマリオネットのように立ち上がった。

「結局、結果は同じか」

 徳川さんがウンザリしたように言う。

「この体を使えるのか。ほう。で、何をしたらいい」

 霊が、言った。

「え……ああっと……そう!こいつらをやっつけてくれ!」

 予定が変わったので迷ったらしいが、リーダーらしき男がそう言った。











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