第283話 望む(2)学生ベンチャー
登校したら一時間目が休講になっていたので、試験に備えて自習でもしようかと部室に向かったら、やけに深刻な顔の2人組と真先輩に会った。
南雲 真。1つ年上の先輩で、父親は推理作家の南雲 豊氏、母親は不動産会社社長だ。おっとりとした感じのする人で、怪談は好きなのでオカルト研究会へ入ってみたらしいのだが、合わなかったから辞めたそうだ。
「ベンチャー企業ですか」
工学部の学生で、千野さんと由利さんというらしい。
ベンチャー企業を立ち上げようとしていて、出資者を探しているらしい。それで、裕福そうな真先輩に声をかけてきたようだ。
「新しいネットなんだよ。アニメや小説ではお馴染みだけど、完全フルダイブのネットだよ」
千野さんが言うのに、由利さんが後を継ぐ。
「VRって聞いた事はないかな」
「ああ。ゲームショーの紹介で聞いたなあ。ゴーグルみたいなのをして、スキーか何かのゲームをしてたなあ。凄い臨場感らしいけど」
真先輩が言うのに、2人は首を横に振った。
「あんなの、目じゃないよ。あれは3Dみたいなものだろ」
「そうだなあ。これは知らないかな」
いくつかの、アニメの題名と小説の題名を上げる。
「仮想空間にそこに存在しているかの如く感じられるシステムだよ。
もちろん、ゲームもできる。スポーツだって、怪獣と戦う事も。
だけどそれだけじゃなくて、実際に弾薬を使わなくても演習ができたり、外科手術の実習や予行演習ができたりもするし、離れた所の人間と握手もできる。可能性は凄いんだよ」
フィクションでなら確かにお馴染みだ。本当にできたら、確かに凄いだろう。
「安全性とかはどうなの」
「それを確認するために、起業して、確認したいんだよ」
一気に、夢物語な気がして来た。真先輩も同じらしい。
「力になってあげたいけど、ぼくはそんなに皆が思うほどお金はないよ。親は親、なんだよ、うち」
そこで、2人は僕と直を見た。
「僕も、いくら自分の預金でも、未成年だし、兄に黙ってはあんまり勝手はできないから」
「ボクもだねえ」
それで2人は、ガックリと肩を落とした。
「悪いね、千野、由利」
「いや、当然だよ。即決できるなんて、まさか思ってないよ。ただ、考えて、もし良かったら、出資をお願いします」
2人は頭を下げ、部室を出て行った。
「どうなんでしょうねえ」
「まあ、跳び抜けて頭が良くて、変人扱いされている研究肌のやつでね。できるかどうかと訊かれたら、資金次第かもしれないなあ」
「でも、どのくらいいるんです?どこか大手の会社と提携でもした方がいいでしょうに」
「でも、全部旨味は持って行かれそうだけどねえ」
「日本は、研究者に優しくないらしいからねえ」
2人の成功を密かに祈り、一時間目は終わった。
放課後、徳川さんと会いに警視庁へ向かっていると、悲鳴が響き渡った。同時に、人だかりの中から、良くない気配がしているのに気付いた。
かき分けて前に出ると、スーツ姿の男性が、大型犬に睨まれていた。その犬から、気配がしている。
「あれ、この前の」
「追い出すから、捕まえてくれ、直」
「わかったねえ」
今にも食いつかんとしている犬に、浄力を当てる。と、犬はよろけてふらふらとし、ポンッと押し出されるように出て来た霊を、直が札で絡めとる。犬はキョトンとして、心細そうにしていた。
「よし、OKだねえ」
「どこの犬かな。もう大丈夫だからな。
お怪我はありませんか」
「あ、ああ。いきなりその犬が走って来たと思ったら、飛び掛かって来て……」
「徳川さんに連絡入れて、来てもらおうかねえ」
「そうだな」
男はまだビクビクと犬から距離をとりながら、それでも威厳を取り繕おうと、精一杯澄ましていた。
その日、帰った僕は、スマホで調べものをしていた。朝千野さんと由利さんに会った事で、年末に買い物をした時に、おまけで宝くじを1枚貰ったことを思い出したのだ。
まあ、大して期待はしていない。くじや福引など、昔からあまり当たった試しがないのだ。
「おお、珍しく当たってる。いくらかな」
見ようとした時、ドアの鍵が開く音がしたので、兄が帰って来たのだと玄関に立った。
「お帰り、兄ちゃん」
「ただいま」
兄が着替えに行き、僕はテーブルに戻って来て放り出したスマホを見たが、何かスマホの画面に違和感があったのは気のせいだろう。
「30万円か。人生初の高額当選だな」
スマホを消して、僕は夕食の仕上げに取り掛かった。
同じ頃、千野はそのバイトの募集を見かけて心を高ぶらせていた。自主製作映画のエキストラ出演、10万円。
「10万円かあ」
1万円でも、やる気だった。
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