第278話 心霊特番(3)守る者

 事故の相次ぐ山道というところでロケをしたらそろそろ夜明けで、ホテルへ向かう。ロケは夜に行われるので、ロケの間、昼夜逆転の生活になる。まあ、僕には大して違いはないが。

 小さな町のホテルにチェックインし、喫茶ルームで食事をとってから、割り当てられた部屋の鍵を受け取って解散となった。何せ午前6時。開いている店がコンビニくらいしかまだない。

 美里様は真っすぐ部屋へ向かったので、僕達もそれに続く。

 廊下からチェックして部屋に異常な気配は無さそうなので、

「隣にいますから」

と言った時、シャッター音がしたのでそちらを見る。

「おはようございます」

 カメラと大きなバッグを下げた男が、笑いながら近付いて来る。

「取材はお断りよ。アポとって頂戴」

「芸能記者がアポとってちゃあ、仕事になりませんよ」

 男はニヤニヤとしながら、どんどん近付く。

「女王様の周囲が、きな臭いって聞きましたよ。恨まれてるんじゃないですか、相当」

「知らないわ」

「ももかちゃん、泣いてましたよ。セリフが覚えられないってだけで怒られたって」

「ウソ泣きでしょ。プロなら撮影前に覚えておきなさいよ。長ゼリフってわけでもないのに」

「川島君、へこんでましたよ」

「顔だけでやっていけるのは若い内だけって親切に教えてあげただけよ」

「安西監督、怒ってましたよ」

「脚本が陳腐なんだもの。あんなの誰が見ても、面白くないわ」

 僕と直は、敵の多さに戦慄した。この様子じゃあ、まだまだ霊とか出てきそうだ。

 でも、美里様の言う事は、間違っていないとも思う。

 美里様はカードキーを使ってドアを開け、中へ入ろうとする。そこへ、記者がグイッと身を割り込ませた。

「ちょっと」

「それ以上は犯罪行為になりますよ」

「やめないと、警察呼ぶからねえ」

 記者は肩を竦めると、言葉を継いだ。

「ひとつだけ」

「はあ。何」

「父親と継母と弟。家族と不仲だとか。生母に売られたのと関係あります?」

 何を言われても平然としていた美里様は、キッと口元を引き締め、それをすかさず記者は写真に撮った。

「あなたに関係ないわ」

「お母さんの事は?」

「帰って。話す事はないわ」

 グイッと、記者を廊下へ押し出そうとする。

「暴力ですか?」

「正当防衛を証言します」

「プライバシーの侵害だねえ」

「知る権利だよ」

「ハッ。便利に使ってるが、著名人なら丸裸にしてもいいって事にはならない」

 その時、気配が急速に膨れ上がり、廊下の電灯がピシッと音を立てた。そして、派手に割れる。

 毒気を抜かれたように、記者が電灯の残骸を見た。その隙に、ドアを直が閉めてしまう。

「あ」

「ヒビが入っていたんでしょうかねえ」

「危ない、危ない」

 言っていると、五月さんが足早に近付いて来た。

「何か霜月に取材ですか」

 記者は僕達を睨みながら舌打ちをし、離れて行った。

「今の、美里様を守るように憑いてる、アレだよねえ」

「取り敢えずは味方なんだろうな」

 五月さんは辿り着くと、記者の背中を見送り、

「ゴシップ専門のフリーの記者ですね。とにかく、入りましょうか」

と、ドアをノックした。


 様子を見に来た五月さんに、

「大丈夫よ。シャワー浴びて来るから、待ってて」

と言って美里様はシャワールームに消え、僕達は五月さんに部屋でこれまでの経緯を説明した。

「当たりがキツイですから。良くとれば歯に衣着せぬ、悪くとれば恨まれる、なんですよね。

 ああ。あの自殺した子も覚えていますよ。それに、安西監督に川島君にももかですか。はあ。面倒な。

 教えて頂いて、助かります」

「いえ。それとさっきの記者の件です。記者を追い払うように、霊が動きました。追い払う事はできましたが、記事にされませんか。それと、家族について、色々と言っていましたが」

「あれは諦めてないし、珍しく美里様が顔色を変えていたからねえ」

 五月さんは考え込むように腕を組んだ。

「嘘ではないし、記事になっても仕方ないわね」

 美里様が、ラフな服装に着替えて出て来た。

「美里――!」

「愛人だった母親は、本妻に子供ができないから私を引き取りたいって父親に言われて、お金と引き換えに私を売り渡した。その後になって本妻が弟を産んで、私は異物になった。母からも父からも要らない子。事実でしょ」

 言いながら、冷蔵庫を開けて覗き込む。

 五月さんは僕達にそれを聞かれた事で焦っているようだし、僕は、ヘビーな事を聞いてしまったなあ、と思っていた。美里様の言動は、こういう事が大きく関わっているのだろう。

「あの、この事は」

「知り得た事を漏らす事はありません」

「はい、安心して下さいねえ」

 五月さんは、取り敢えずは安心したらしかった。

 しかし、本当にそうだろうか。

「まあ、この先も何かあるかもしれませんので、宜しくお願い致します」

 五月さんに改めて頼まれて、僕達は、隣の部屋へ行った。

「あのキツイ当たりは、拗ねてるって事か?」

「どうせ私は――かねえ」

「でも、人気あるんだろ?要らない女優じゃないな、少なくとも。

 面倒臭いなあ」

「何にせよ、少なくともあと1人はまだ襲撃して来るかも知れないんだねえ」

「また、仕事関係の誰かかな」

「可能性大だねえ」

「今晩のロケは廃校と元防空壕か。部長が言うには本物の可能性があるらしいからな」

「もう寝るよ。睡眠不足はまずいしねえ。

 こんな明るいのに、寝られるかなあ」

 直は言いながら、シャワールームへ入って行った。

 僕は予習をしておこうと、次のロケ地について調べ始めた。









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