第276話 心霊特番(1)女王様

 その番組に似たような番組は昔からあって、僕も見たことがある。心霊バラエティ番組。芸能人が心霊スポットを肝試し的に訪れて、視聴者は、怖がる様子を楽しんだり、起こる怪奇現象を見るという番組だ。

 流石に、もう今は見ていない。今見ても、楽しくもなければドキドキもしないからだ。

 御崎 怜、大学1年生。高校入学直前、突然、霊が見え、会話ができる体質になった上、神殺し、神喰い、神生み等の新体質までもが加わった、霊能師である。面倒臭い事はなるべく避け、安全な毎日を送りたいのに、危ない、どうかすれば死にそうな目に、何度も遭っている。

「春の心霊特番、ねえ」

 町田 直、幼稚園からの親友だ。要領が良くて人懐っこく、脅威の人脈を持っている。高1の夏以降、直も、霊が見え、会話ができる体質になったので本当に心強い。だがその前から、僕の事情にも精通し、いつも無条件で助けてくれた大切な相棒だ。霊能師としては、祓えないが、屈指の札使いであり、インコ使いでもある。

「その番組にアドバイザーとしてついて行くのが仕事ですか。現場で、『ここにいます、苦しんでいます』とか言う係ですか?」

 部長は噴き出した。

「係ってなあ」

 すると、テーブルを挟んだ向かい側に座っていた、中年のほうの男が笑いながら言った。その番組のディレクター、甲田さんだ。

「適当に何か起こらなければ面白くない。でも、本当にヤバイのも困る。だからその本当にヤバイのがいる時は、出演者やスタッフをそれから守っていただきたいんですよ」

 成程。

 その隣に座る若い女性が、フンと鼻で嗤った。なぜか、紹介されていない。

「やらせみたいなもんでしょ。ゲストが適当に怖がって、編集で唸り声とか入れて、インチキだろうとへっぽこだろうと若くて見栄えのいい霊能師を出したら、番組は数字が取れるし、霊能師協会は宣伝になる。ああ。あんたたちは霊能師コンビとしてデビューするつもりなの?まあ、物珍しさで最初はそこそこいけるかもね」

 甲田さんと、女性の反対隣の五月さんという若い男が慌てた。

「あ、うわ、その、申し訳ありません!」

 そして、椅子に偉そうにふんぞり返る彼女の両隣で、男2人がテーブルに額がつくくらい頭を下げる。

「まあ、年齢は、言われることがありますから」

 失礼だがな。

「それより、そちらは」

 僕が言ったら、女性を含めて全員が僕の顔をあっけにとられたように見た。どういうことだろう。

「申し訳ありません。御崎は芸能関係に疎いものでして」

 部長が、取り繕うように笑った。

「怜、若手で一番人気の女優さんだよ。霜月美里さん。美里様だよ。偉そうというかわがままというか女王様な言動で有名なんだけどねえ」

 直が解説してくれたが、部長がとうとう頭を下げた。

「重ね重ね、失礼しました」

「いえ、こちらこそとんだ失礼を。霜月もまだまだですよ」

 部長と五月さんが頭を下げ合い、美里様はいよいよ仏頂面に拍車がかかる。

「改めて。霜月美里と、マネージャーをしております五月士郎と申します。

 実は、お願いしたいもうひとつですが、この、霜月の護衛なんです」

 え……。

「密室で、朝起きたら血の手形がついていたり、控室に戻ったら、控室の鏡も鍵のかかるロッカーに入れておいたバッグの中の鏡も割れていたり、おかしなことが続くものですから。それも、どう考えても人間には不可能な」

 五月さんが言うと、美里様は面白くなさそうに言う。

「それなら、本当に腕のいい霊能師を連れて来なさいよ」

「御崎と町田の腕は保証しますよ」

 部長が苦笑する。

「バイトでしょ」

 面倒臭いな。

「部長。別の人がいいんじゃないですか。僕も無理にこの案件に関わりたいわけじゃないし」

「そうだねえ。ボク達は別にねえ」

 それに、慌てたように甲田さんと部長が異を唱える。

「いや、いやいやいや。お願いしますよ」

「お前ら、やれ。どうせ仕事の期間は、センター試験で学校も休みだろう?それにロケ地も、満更取り越し苦労というわけでもないんだ」

「ゲストは他に、お笑いグランプリで優勝した『ミトングローブ左手右手』とか、グラビアアイドルの『えりな』とか、写真家の海老沢先生もいるよ」

 誰だ?まあ、有名人っぽいけどな、話の流れ的には。

「じゃあ、幼稚園の子供相手の見学会と、どっちがいい?」

 何!?決まってる。

「子供は困る」

「よろしく頼むぞ」

 何か、負けた気がした……。

 ああ、面倒臭い。


 ふろふき大根を食べ、自家製柚子味噌の味に頷く。

「うん、美味い。香りがいいな。それに大根が、軟らかい」

 御崎 司。頭脳明晰でスポーツも得意。クールなハンサムで、弟から見てもカッコいい、ひと回り年上の頼れる自慢の兄である。両親が事故死してからは親代わりとして僕を育ててくれ、感謝してもしきれない。警察庁キャリアで、今は警視だ。

 今日の夕食は、かき飯、ブリの照り焼き、ふろふき大根、ほうれん草のカツオ和え、豆腐とあげとネギの味噌汁だ。

「だから、泊りがけになるけど、行って来るよ」

 不承不承言うと、兄は、

「気を付けて行って来いよ」

と言いながら、笑いを浮かべる。

「で、その美里様は、機嫌が悪いのか」

「そうなんだよ。知らないよ、そんな人」

 これで護衛ができるのか疑問だ。

「肝心の霊はどうなんだ」

「憑いてはいたけど、あれだけ態度が悪ければ、恨まれもするよ。

 でも、守ろうとする霊も憑いてたんだよな。あれのせいで、ギリギリケガとかは免れてるみたいだった」

「そうか。まあ、タレントとかは作り上げたキャラを演じてるだけかも知れないから、意外といい人かも知れないし、苦手意識は持たない事だ。

 警護するには、対象を好きになる事、少なくとも対象に共感する事が必要だ。どんな嫌なやつだろうとも、警護対象者が嫌いだと、守れない。警護の基本だ。何でもいいから、好きになれる所をまず見つけろ、怜」

「わかった。ありがとう、兄ちゃん」

 やっぱり兄ちゃんは頼りになるなあ。

 面倒臭い仕事だけど、頑張ってみよう。

 僕は、何とか前向きになろうと努力する事にした。







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