第264話 治る(4)後始末

 荒れ狂う力の奔流が流れ込んで来る。それを無理やり、まとめ、方向性を整え、抑え、そして、再び生み出す。病気平癒の神を。

 それを直の札に移し、後日、静岡の神社に還しに行く。

 周りの異常の、進行は止まっていた。

「こっちは片付いた」

 言うと、徳川さんは倒れ込んだ巫女に近付き、取り敢えず生きている事を確認していた。いつの間にか、手下の2人は消えている。

 眼球を生み出し続けていた人は、気の毒だが亡くなっていた。

「その人、目の病気だって言ってたんですけど」

 恐る恐る順番待ちだった人が言うのに、それで、目の新陳代謝が異常に活性化したのかと納得した。

「アリも、何とかなったかねえ」

「お疲れさん」

 他の、これまでに祈祷を受けた人が心配だが、取り敢えず、これ以上の被害拡大は無い。

「何がどうなって……」

 依頼人達は、助かったらしいと思ってホッとはしたものの、不安は残っているようだ。

「警視庁陰陽課です。お話をお伺いしたいので、ご協力をお願いします」

 徳川さんが言って、陰陽課の誰かに電話するのを横目に、アリの死骸を見る。

「気持ち悪いな、大きいと」

「夢に出そうだねえ」

 直は言って、庭へ目をやった。

「大丈夫かねえ」

 さっきみたいな大きいアリや蚊が飛んで行ったら、パニックだろうなあ。

「他に虫とかもいるのかな。蝉の幼虫とかダンゴムシとかスズメとか」

「ゴキは?」

 想像して、僕と直は同時に震えあがった。


 専門家による徹底的な調査と駆除を終え、サンプルとして動植物を持って専門家が引き上げると、やっと、封鎖が解けた。

 これまでに祈祷を受けた人は、異常活性でおかしくなっていた。それは、後に祈祷を受けた人程、酷いらしい。巫女は生きてはいたが、自我も無い完全な廃人で、本名も何もわからないままだ。

 テレビはどこもこの件を取り上げ、インチキ術師を非難し、その末路を報道した。

 僕と直は静岡に行って神を還し、協会に最終報告を入れた。

「新陳代謝も加減が大事なんだねえ」

「そうだな。免疫も強過ぎたら、リウマチとかアレルギーだしな」

「怖いねえ」

 巫女達は全員偽名で、あの家を借りるのも偽名だったらしい。他人にすっかり成り済ます、背のりというスパイの手口らしい。大掛かりな話だ。

 まあ、やれやれだ。お茶を啜る。

 と、電話だ。相手は非通知。

「はい」

『やあ』

 その声に、ドキッとした。

「シエル」

『久しぶり』

 屈託のない声音だ。直も、身構えている。

「元気そうだな」

『まあね。それよりも、悪かったね。うちの尻拭いさせちゃって。思ったより使えない子だったよ』

「あれはお前のさせた事か」

『ぼくというより、ヨルムンガンドの活動だよ。ぼくは言ったんだよ。皆が皆、怜みたいなまねはできないって』

 シエルは拗ねたように言う。

『なのに、対抗意識を燃やしちゃって。身の程知らずだよね』

「それより、被害者についてはどう思ってるんだ」

『気の毒だとは思うけど、すぐに考え無しに飛びついた結果だからね。自業自得じゃないかな』

「藁にもすがる思いで頼った患者に、それはないだろう?」

『誰相手にも優しいね。そんな怜だから、新しい世界の神になって欲しいのに。ダメかな』

「ガラじゃない。それに、都合のいい人間だけを残すのは神じゃない。裸の王様だろう」

『ノアの箱舟は?』

「あんなもの、ただ都合良く書かれたお話だ」

『キリスト教徒が怒るよ』

 シエルは呆れたように言った。

『相変わらずで、安心したよ。まあ、いいや。今日はお詫びを言いたかっただけだから』

「おい」

『直にもよろしくね。寒くなるから、風邪、ひかないようにね。じゃあ』

 言いたいことを言って、切れた。

 切れた電話を憮然として眺め、僕は溜め息をついた。

「シエルって……」

「直によろしくだって」

「ヨルムンガンドのしでかした事かねえ」

「らしい。徳川さんに知らせないとな」

 何がしたかったんだろう。

 徳川さんに電話をかけながら、再び重い溜め息をついた。








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