第262話 治る(2)巫女

 その巫女がいるのは、ある一軒家だった。庭に面した座敷で、見て貰えるらしい。施術は1回20万円。どんな病気でも治るのなら、安いものだ。

 巫女は黒いワンピースを着て、黒いレースの手袋をし、黒いレースのベール付きの帽子をかぶっている。その巫女の前には天井からすだれのようなものが下りていて、椅子に座った彼女の膝の高さくらいまで巻き上げられていた。

 すだれのこちら側は、巫女の前に椅子があり、そこに依頼人が座って手を巫女に差し出すようになっていて、その椅子の左右には、黒くて長いシャツのようなものに黒いスラックスの男が2人立っている。

 片方は不機嫌そうに口元を引き結び、もう片方は愛想良く笑って依頼人とのやり取りの一切を行っている。

 縁側には既に、体に不調を抱える依頼人達が10人以上列を作っていた。

 僕、直、陰陽課の沢井さんと野口さんは、外に止めた車の中からそれを観察していた。

 陰陽課でも、詐欺の疑いがあるという事で、調査が決まったのだ。

「流行ってるねえ」

「この借家を借りたのは今月から。名義は、慈愛の会。気功サークルという触れ込みです」

 野口さんが調べた事を報告してくれた。

「あの巫女から、神威が漏れ出ています。静岡の神社に残っていたのと同じものかと思いますが、あの巫女が神を取り込んだとして、窃盗とかになるんですか」

 僕の疑問に、沢井さんも野口さんも答えは出なかった。

「あ、始めるようですね」

 沢井さんの声に、全員、巫女に注目する。順番待ちの1人が椅子に座り、すだれの下に手を差し出した。少し前に喘息の吸引薬を使用していた青年だ。

 その手を巫女がすだれ越しに握る。そして、神威が手から流れ込んだ。

 30秒程して、巫女が手を放し、依頼人は手を引っ込めて何度か呼吸をしてみて、

「あ、苦しくない!ありがとうございました!」

と立ち上がってぺこぺこと頭を下げ始めた。

「怜君」

「神威が流し込まれるのはわかりました」

「野口、車を出せ」

「はい」

 車は静かに家の前を離れた。

 完全な住宅街で、いつまでも車を止めておくわけにもいかない。車は、大通りに向けて走り始めた。

 そこで改めて、感じた事を報告する。

「あの巫女からは確かに神威が漏れ出していて、それは、病気平癒の神が消えたと言っていた静岡の神社に残っていたものと似ていたと思います。それから、手をとった後、その神威を依頼人に流し込んだのもわかりました。それで治ったかどうかはわかりませんが」

 沢井さんは、

「完全な詐欺というわけでもないのか」

と言って唸った。

 何かはしているのだ。後は依頼人を検査してみるしかないだろう。

「神様を盗んだのかねえ?」

「窃盗罪……?」

 皆一様に、首を傾けた。取り敢えず今の法律では、さばけそうにはない。

「取り敢えず、戻りましょう」

 車は、陰陽課に向かって走り出した。


 報告に、徳川さんは唸った。

「全部調べられたわけじゃないけど、ある依頼人に関しては、ビフォーアフターの検査結果と医者のコメントがあるよ。真鍋君」

「はい。末期の胃がんの患者があの祈祷を受ける前のレントゲン写真がこれです」

 影が広がっていて、胃は全摘以外無いという感じだ。それも、転移していなければ、だ。

「こちらが、祈祷翌日のものです」

 健康そのもの、別人のレントゲン写真ではないかとしか思えない。

「本当に、この人の?」

「はい。こちらは血液検査の結果です」

 腫瘍マーカー、白血球、赤血球――。

「奇蹟だな」

「一気にガンが治ってるねえ」

 僕と直が呆然とする思いでそれらを見返していると、徳川さんも、頷いて言った。

「そう、奇蹟だよ。医者もそう言っていた。今の知識では、説明がつけられない、とね」

 僕達は、考え込んだ。

 単純に病気が治る事、それはいい事だ。それは喜ばしい。ただ、それだけでいいわけではない。安全性やそのメカニズム、持続性、その他諸々が心配になって来る。

 それに、医療行為としてなら、もっと色々と考えなくてはならない事がたくさん出て来るし、法律での問題もある。放って置けるものではない。

 霊能師としては、あの巫女の漏らす神威が気になるところだ。神を乗っ取り、その力を自分のものとして使っているようだが、患者にもあの巫女にも、安全なのか?どうにも、心配だ。

「何か、面倒臭い事になりそうな気がするな」

 直が隣で、深々と嘆息した。


 今日の分の患者を見終えて、巫女は奥へ転がり込むと、そこへ身を投げ出した。

 内部から暴れ出しそうな圧倒的な何かがせりあがり、膨らみ、自分自身を反対に浸食しようとしている。何度も飲み込まれそうになって、意識も飛びそうになった。

 苦し気に肩で息をする巫女に、表では従順な2人の男は冷たい目を向ける。

「力不足か」

「これでも優秀なんだけどな。やはり、あっちが化け物じみてるようだな」

 表とは、立場が逆転している。不機嫌な方がフンと興味無さそうに鼻を鳴らし、口元を歪めた。

「シエル様の誘いを断ったやつか。こちら側に付かなかったことを後悔させてやる。吠え面をかくといい。

 大丈夫なんだろうな、スコル」

「ハティは好戦的だな。今からでも引き込めそうなら引き込めって言われてるだろ。

 まあ、大丈夫かと聞かれれば、彼女次第だけど」

「だ、大丈夫です」

 息も絶え絶えに、巫女が答える。

「そう?なら、頑張ってもらうけど。次はどの神様をいただこうかな。民衆を味方に付けるなら、健康の次は何だろう。財産かな、恋愛かな」

 楽しそうにスコルはクスクスと笑ってはいるが、目は笑っていない。

「バカばかりだからな。他愛もない」

 ハティは冷笑を浮かべて、さっさと部屋から出て行った。

「さあって、食事にしようかな」

 スコルも巫女を顧みる事無く、部屋を出て行った。




 




 

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