第261話 治る(1)消えた神

 コーヒーを飲んで、徳川さんは少し笑った。

「安心したよ。1人になったら、元気をなくしてジメジメしてるんじゃないかと少し心配してたから」

 徳川一行。飄々として少々変わってはいるが、警察庁キャリア組警察官で警視正。なかなかやり手で、必要とあらば冷酷な判断も下す。陰陽課の生みの親兼責任者で、兄の上司になった時からよくウチにも遊びに来ていたが、すっかり、兄とは元上司と部下というより、友人という感じになっている。

 兄が研修の為に警察大学の寮に入っているので、様子見にきてくれたのだ。

「ありがとうございます。まあ、何とか。兄が初任幹部課程の時は、僕も小学生でちょっと心配かけましたが」

 僕は苦笑した。

 御崎みさき れん、大学1年生。高校入学直前、突然、霊が見え、会話ができる体質になった上、神殺し、神喰い、神生み等の新体質までもが加わった、霊能師である。面倒臭い事はなるべく避け、安全な毎日を送りたいのに、危ない、どうかすれば死にそうな目に、何度も遭っている。

「ああ。入庁後すぐの研修ね。あれは流石に免除はできなかったからなあ。怜君、その間は施設に入っていたんだって?」

「はい。うちは親戚がいないんで」

「うちに来たらいいって言ったんだけど、今後もこういう事はあるだろうからって、司さんがねえ」

 直が言う。

 町田 直、幼稚園からの親友だ。要領が良くて人懐っこく、脅威の人脈を持っている。高1の夏以降、直も、霊が見え、会話ができる体質になったので本当に心強い。だがその前から、僕の事情にも精通し、いつも無条件で助けてくれた大切な相棒だ。霊能師としては、祓えないが、屈指の札使いであり、インコ使いでもある。

「確かにそれは正しいね。本来なら、入庁後5カ月の研修。現場で見習いをやって、また、研修。その後警視に昇進する前にまた研修だからね。研修中は寮住まいだし、その間どうしても、怜君は1人になるし、仕事が始まったらそれこそ、遅くなったり出張があったりだしねえ。

 それを、初めの初任幹部課程はどうしようもないとは言え、後の幹部課程をずらすって、後にも先にも、御崎君だけだからね」

 徳川さんは苦笑する。

「辞令が下りたらそれに従う。それが組織だからねえ。弟が未成年者だからって、普通は通らないよ」

「なんで通ったんですかねえ」

「まずは本人の能力が高かった事。『だめなら辞めます』のスタンスだったから、辞めさせるには惜しいと思わせるほど有能だったって事だね。あの年の合格者の中で成績はトップだったし、実際に勤務させてもかなり優秀で使えるし。後、その弟である怜君が、そこらの未成年者じゃなかった事も大きいね。日本の治安に今後大きく関りそうな霊能師で、ヘソを曲げれば政変も可能。霊能師協会からは『今不安定にしたら少しまずいかも』とか言ってやんわりと圧力もかかったし。それで、変則的な前例となったわけだ」

「圧力……知らなかった……」

 呆然と呟く。津山先生だろうか?

「ははは。まあこれからは、遠慮なく使われるかもね。それこそ、地方転勤もキャリアの宿命だし」

「転勤かあ……」

 休みとは言え、勤務地を離れて他府県に行けない仕事なので、いくら届け出をしてといっても、そうそう、会えるものではない。それが、1、2年だ。

 つまらないなあ。でも、仕方ないしなあ。

 施設に入った時は、両親が亡くなってからもそう時間が経っていなかった事もあって、かなり心細かったのは事実だ。

 でも今はまあ大丈夫だ。直もいるし、徳川さんも来てくれるし、冴子姉――は兄ちゃんに付いて行くけど、裏の警察署の署長をこの前紹介してくれたし。

 考えているそばで、直と徳川さんが話していた。

「前の時はどんなだったの」

「施設って子供ながらに派閥みたいなのがあって、苦労はしてたみたいですねえ。この頃から、感情が出なくなったんですよねえ、顔に」

「だって、顔色でいちゃもん付けて来るやつもいたし、表情読まれて不利になったりもするし」

「……なかなか、大変なところだな」

「まあ、施設にもその時のメンバーにもよるだろうから。集団生活でのコツは掴んだかな」

「逞しいねえ」

「泣いて弱みを見せたら終わりだ」

「それ、児童養護施設だよね、確認するけど」

「個性的なやつが揃ってたんですよ、その時、そこに」

 思い出したくない。

 と、タイミング良く電話がかかった。協会からだ。

 話を聞いて、直と徳川さんに伝える。

「あらゆる病気を治す巫女が現れたそうで、その様子を見てくれって。静岡の病気平癒の神が神社から消えたのと関わりがあるかどうかも」

「インチキ臭いな」

「まあ、早速取り掛かろうかねえ」

「面倒臭い予感がする」

 そして、嫌な予感は当たるものだ。









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