第260話 犬のおまわりさん(4)特別捜査犬ロッキー

 警察が来た事に気付き、裏から逃げたらしい。

「この先で、車に乗り込みました。ナンバーも遠すぎて見えませんでした」

「偶然知り合いにでもあったのかねえ」

 犬は落ち着きなく、ソワソワとしている。

「もしかして、追えるのか?」

 ワン!

 実体化させている犬が、自信ありげに答えた。

「よし、行け」

 犬はクンクンと鼻をうごめかしながら、進んで行く。

「あのぉ、普通、車に乗ったりしたらそこで臭いは途切れてしまうんですが」

「ああ。あれは特殊な犬ですから。臭いではなく、霊気というか、オーラというか、何かそういう物を追うんですよ」

「は!?」

「だって、霊体ですから、この犬」

 ワン!

 僕、直、2人の刑事を引き連れて、犬は進んで行く。

 どのくらい歩いたか。犬は、小綺麗なマンションの前に着いた。そこの駐車場に入り、一台の車の前に座ってまず吠えた。

「この車なんだな」

 ワン!

 そして立ち上がると、マンション内へ通じるオートロックドアの前に立つ。

「中に入ったんだな。車の持ち主を調べます。お前はここで、出て来ないか見張っておけ」

「はい!」

 刑事2人が別れる。

「玄関に行ってみよう。徒歩で出ていないか見ておかないと」

 僕、直、犬は、玄関に向かった。

 と、犬がピクリと耳を動かし、ワン!と吠える。前方に、表玄関から出て来たショウの姿が見えた。

「やつだ――!」

 刑事が小走りに近付いて行く。

「すいませぇん」

 ショウはこちらを見、それが刑事だとわかったのか、走り出す。

「あ、待て!」

「噛まずに、吠えて足止めしろ。できるか」

 ワン!!

「よし、行け!」

 犬が、放たれた矢のように走って行く。

 それに人間が敵うわけもない。ショウの前に回り込んだ犬が、体を低くして、唸り声を上げて威嚇する。

「うわあ!な、なんだよ、シッ、シッ!」

 ワン、ワン、ワン!!

 ショウがオタオタしている間に、刑事が追い付いた。

「ようし、よくやったぞ」

「偉いねえ。よく我慢したねえ」

 僕と直が頭を撫でると、犬は得意げな顔をしているように見えた。

 と、いきなり、犬が何かを見つけて尻尾を千切れんばかりに振り出した。自転車に乗った、制服警官だ。

「どうしましたか」

「ああ、過失致死の被疑者を捕まえた所だ」

 制服警官が、慌てて自転車を降りる。

「お疲れ様です!」

「俺が何をしたっていうんだよ!」

 ショウが逃げようと身をよじるのに、犬と近付く。

「逃げといてよく言うな。

 この犬に、見覚えはないか」

「ああ?」

 ショウは、犬を見て怪訝そうに眼を細めた。

「先月末、サクラベーカリー前の歩道橋で、突き落としてそのまま放置して逃げた男性と犬。両方亡くなったが、これはその犬の霊だ」

「はあ?何言ってんだよ。ちゃんといるじゃないか」

 犬の実体化を解く。ぼんやりとした影のようなものになり、ワン!と鳴く。

 ショウは逃げようとしたが、がっちりと刑事に捕まえられていて、そのまま犬と正対させられている。

「この犬は、あそこでずっと、歩きスマホや歩きたばこの人に注意を続けながら、犯人が通りかかるのを待っていたんだ。逮捕するためにな」

 わん!

「つ、突き落としたんじゃない、当たって……」

 ほう、喋るか。

 刑事と目が合い、刑事がニヤリとして来た。それにわずかに頷いて見せた時、押し殺した声がした。

「お前が、じいちゃんとロッキーを……!」

 全員、そちらを見た。制服警官が、蒼白な顔色で唇をかみしめていた。

 それを見たショウは、いよいよ顔色が悪くなる。

「え、あ、その、つい急いでて、こ、怖くなったし、その……」

「続きは署でゆっくりと聞かせてもらおう」

 刑事2人が、ショウを連れて行く。

 反射的に後を追おうとした制服警官に、犬が寄り添ってクウーンと鳴き、それで彼はハッと足を止めた。

 直が犬を実体化させる。

「ロッキーなのか」

 クウーン。

「痛かっただろ、かわいそうにな。うん、偉いぞ、よくやったな。ありがとう、ロッキー。じいちゃんの為に、ありがとうな」

 ロッキーは甘えて警官の顔を舐めまくって尻尾を振り、警官はそんなロッキーを、がしがしとなでまわす。

 やがて警官は立ち上がり、赤い目に鼻声のまま、僕と直を見た。

「失礼しました。あの、堺 正直です」

「御崎 怜です。霊能師です」

「町田 直です。ボクも霊能師ですう」

「たまたまその、ロッキーを見かけて、こういう事になりました。管内に、堺さんのお孫さんが勤務しているとは聞いていたんですが、偶然でしたね」

「はい。事故だと思っていたし、驚きました。こうしてまた、ロッキーに会えたこともですけど」

 ワン

「本当に、よくがんばったよねえ、ロッキーは」

 ワン!

 舌を出してはあ、はあ、としながら、もっと褒めて、みたいな顔をしている。

「だけどな、ロッキー。もうお別れしないといけないんだ。もっと堺さんと遊びたいだろうけどな」

 ロッキーは、堺さんを見上げてクウーンと鳴いている。

「ロッキー。じいちゃんを頼むよ。じいちゃん1人だと寂しがるからさ。な?」

 クウーン、クウーン。

「ロッキー巡査部長。じいちゃんの護衛を命ずる」

 ワン!!

 ロッキーはピンと姿勢を正して一声鳴くと、光になってさらさらと消えて行った。

 どこからか、ワン!と、声がした。

「うん。俺は大丈夫。ありがとうな、ロッキー」

 堺さんは深呼吸すると、制帽を被り直し、笑顔を向けて、

「ありがとうございました。では、仕事に戻ります」

と、自転車にまたがった。

 僕と直は堺さんを見送って、歩き出す。

「犬と飼い主かあ」

「犬はいいねえ、やっぱり。

 あ、いや、アオは別だよう?別格だもんねえ。なあ、怜」

 意外とアオは、やきもち焼きだ。直の髪を咥えて、引っ張っている。

「勿論だ。今回アオも凄くがんばってくれたよな」

 チチッ!

 胸を張っている。

「帰ったら、レタスをやるからなあ」

 チチチッ!

 見上げた空には、犬の形の雲が浮かんでいた。




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