第258話 犬のおまわりさん(2)容疑者発見

 翌日、直と犬のところに行った。

「そういう事があったのかねえ。忠犬だねえ」

「もしそうだとしたら、捕まえたいな」

「救急車も呼ばず、酷いよねえ」

 犬は今日も元気に、交通指導をしている。

 誰にも見えないが、たまにキョロキョロしてスマホから目を上げる人もいれば、幼児が「わんわん!」と言って手を振る事もある。その時は犬も嬉しそうに尻尾を振っていた。

 と、犬が、表情を引き締めて――そんな風に感じたのだ――ある通行人を見た。

 20歳過ぎの男で、歩きスマホも歩きたばこもしていない。ピアスとブレスレットと指輪をたくさんつけて、きれいに固めた髪はイチゴの赤。細身の光る生地のスーツ、先の尖った突き刺さりそうな革靴。チャラいとはいえ、整った顔立ち。

 これに犬が、唸り声を上げて、飛び掛かる前のように体を低くしていた。

「あいつか?」

 ウウウゥゥ……!

 男は、僕と直がしゃがみ込んでいるのにチラッと目を向けたものの、そのまま通り過ぎようとしている。

 犬がたまらず、飛び出そうとする。

「待て」

 ピタリと止まり、それでも不満そうにこちらを見上げてクウーン、クウーンと鳴く。

「心配するな。隠密捜査だ」

「アオ、頼むよ」

 直のポケットから顔を出していたアオが、「任せといて」と言わんばかりに飛び出して、男を追っていく。

「アオは尾行の名手だ」

「安心したらいいよう」

 犬はアオの飛んで行った方を、いつまでも見ていた。


 アオの案内で行った男の勤め先は、美容院だった。指名制で料金の高い個室の美容院で、入り口にホストクラブかと思うような店員の顔写真が掲げられたコーナーがあり、番号が書いてあった。

「ここ、本当に美容院だよな」

「そう、看板はあがってるけどねえ」

「どうしよう。この人を指名して名前を聞き出さないとだめか?」

「どうも、毎回1200円の散髪屋に行くボクには、敷居が高すぎて無理っぽいねえ。怜はどうかねえ」

「散髪にこんなに払うより、それで、兄ちゃんのシャツでも買いたい」

 2人で唸っていると、終わった客と、それを送り出しに当の本人が現れた。

「ありがとう。ねえ、今度お店に来てよ、サービスするから」

 どうも、これから出勤のホステスらしい。

「ありがとうございます。そのうちにね」

 手を振りながら、女が歩き去る。

 と、男はこちらを見た。男相手でも、無駄にホスト的な笑みだ。

「いらっしゃいませ。ご予約ですか」

「え、いや、予約は――」

「御新規様ですね。今なら、御受けできますが」

「え?」

「少し前髪が重いですね。全体に少し染めて軽くするか、いっそ、深い緑にして、長髪もいいですね」

「緑ですか!?」

 僕は内心では物凄く狼狽えて、直へ助けを求めた。

「あ、そのう」

「こちらのお客様でしたら、全体にゆるくパーマをあてるのもお勧めですね」

 勧められた。

「そうですねえ。うーん、パーマか。したことないなあ」

 直?

「もう一度考えて、予約させてもらってもいいですかねえ。ええっと、お名前は」

「ショウと申します。その時は、どうぞよろしくお願いいたします」

 名刺をサッと取り出して渡して来たので、それを受け取って、そこを離れた。

 かなり離れてから、同時に息を吐く。

「はああ、びっくりした」

「あれ、美容師なんだよねえ」

「世の中には色んな散髪屋があるんだな」

 そしてスマホで撮った写真と名前を知らせるべく、僕達は警察署へ向かった。











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