第257話 犬のおまわりさん(1)歩道橋の霊犬
ワン、ワン、と吠える声がする。ただし、生きている犬じゃない。霊だ。歩道橋の上で、歩きスマホの女子高生に吠えていた。
「犬だねえ」
町田 直、幼稚園からの親友だ。要領が良くて人懐っこく、脅威の人脈を持っている。高1の夏以降、直も、霊が見え、会話ができる体質になったので本当に心強い。だがその前から、僕の事情にも精通し、いつも無条件で助けてくれた大切な相棒だ。霊能師としては、祓えないが、屈指の札使いであり、インコ使いでもある。
「危ないって注意してるのかな」
何か、微笑ましい。
吠えて注意しても、気付いてはもらえないのだが、それでも、危険な人には注意している。そして制服警官がパトロールで通りかかったら、嬉しそうに、尻尾を千切れんばかりに振っていた。
「犬のおまわりさん、か」
童謡を何となく思い出しながら、僕と直はその場を離れた。
兄が帰って来た。
御崎 司。頭脳明晰でスポーツも得意。クールなハンサムで、弟から見てもカッコいい、ひと回り年上の頼れる自慢の兄である。両親が事故死してからは親代わりとして僕を育ててくれ、感謝してもしきれない。警察庁キャリアで、警視だ。
兄は秋から警察大学校に戻っている。本当なら警視になる前にそうなるものだが、唯一の身内が未成年である事を理由に「どうしてもなら、昇進しなくていい」と言ったら、各所、かなり上からの口添えがあり、特例で延び延びになっていたという事情があったのだが、とうとう、「大学生だからもういいだろう」と、そういう事になったらしい。しばらく、寮生活だ。
その兄が、今日は外泊許可を貰って、帰って来ているのだ。
ミンチ、ひじき、人参、うずら卵を揚げ詰めにした煮物、レタス、ジャガイモ、リンゴのサラダ、山女魚の山椒煮、味噌汁は大根、あげ、大根葉、わかめ、それにきのこご飯。
着替えてダイニングに兄が来るタイミングで、テーブルに並べ終える。
「いただきます。
揚げ詰めかあ。ん、落ち着くなあ」
「辛子もあるよ」
「じゃあ、少しつけるか」
揚げ詰めは、炊かずに焼いて、辛子じょうゆをつけてもいい。
しばらくは、お互いに変わりが無いかと近況報告をし、元気なのを確認し合った。
「今日、駅前の歩道橋で、犬の霊がいたよ。歩きスマホの人とかに吠えて、注意してた」
「いい犬だな」
「うん。微笑ましくなったよ」
「ん?それは、さくらベーカリーの前の歩道橋か?」
「そう」
「あそこか。10月31日に、お年寄りの転落事故があったな。頸椎骨折と脳挫傷で亡くなったらしい。その時に飼い犬を連れていたんだが、こっちも下敷きになっていて重体で、後を追うように死んだと聞いたな」
「その犬かな」
「ああ。だとすると、歩きスマホに吠え掛かるというのも、引っかかって来るな」
「ぶつかって転落したのかも知れないな」
「ああ。だとしたら、ぶつかった相手は、そのまま立ち去った事になる。
知り合いに言っておこう」
兄は刑事の目になって言った。
夜中、歩道橋に行ってみた。週に3時間も寝ればいい無眠者なので、暇なのだ。
「こんばんわ」
人通りの絶えた歩道橋に、犬はいた。こちらを見上げて、「見えるの?」と言いたげに首を傾げている。
「なあ、何て呼べばいい?」
わん!
すまん。犬語はわからん。
「ここで交通指導してるのは、お前とご主人様にぶつかって逃げたやつが、歩きスマホだったからか?」
わん、わん、わん!!
そうだと言っているのだろうか。
「でも、無茶はするなよ。見つけても、何かしたらだめだぞ。僕に知らせろ。そうしたら、必ず兄ちゃんが何とかしてくれるからな。兄ちゃんは、凄く頼れるんだ。だから心配いらないからな。わかったか?」
わんっ!
尻尾を振ってキリッと見上げて来る。かっこいいな。
「よし。犬のおまわりさん、頼んだぞ」
わん!
僕は頭をひと撫でしてから、家に帰った。
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