第256話 紅鬼(5)国家資格

 山裾には話を聞きつけた多くの町民が集まって来ており、流石、地方の交流の深さは大したもんだと思った。

 充とヒロはまず無事を喜ばれた後、親、教師、親類、近所、あらゆる人に叱られていた。しばらくの間続くだろうが、あれは必要な事だ。放っておこう。

 江田さんはホッとしたような顔で近付いて来た。

「ああ、無事で良かった。

 ん?ケガしてるんですか」

「ああ、大したことはありませんから、ご心配なく」

「そういうわけには行きませんよ。診療所に行きましょう。そこですから」

 いや、あまり大げさにすると、まずい気がするんだが……。

「それよりも、報告ですねえ」

「そう、そうです。紅鬼は祓いました」

 町民達が、バッとこちらを見る。

「祓った?」

「あ……封印して残す方が良かったんですか?」

「いや、封印がまた解けたら危ない。祓ってもらえたらその方がいいです。でも、祓えたんですな。祓うのは難しいと聞いていたから」

「いけましたよ」

「それは良かった。もう今後、心配しなくていいぞ」

「あそこは『封印痕』としてこれからも祀っておけばいい」

「そうだな」

 観光資源的な意味の事らしい。

「圭子、どうした。何かあったのか」

 江田さんが、強張って青ざめた顔で立ち尽くす石動さんに心配そうな顔を向ける。

「あ、あたし……」

 その背後から、声がかかる。

「失礼します。石動圭子さんですね。警視庁陰陽課のものです。霊能師法違反の容疑で、少々お話を伺いたいのですが」

 課の刑事である沢井さんともう1人が、手帳を示して立っていた。

「圭子――」

「何でよ。資格なんてない時からやってたのに。急に、何でよ。おかしいでしょ!」

「こちらへ」

「触んないで!そんな法律、あたしに関係ない!」

 暴れようとする石動さんに鋭い目を向けた沢井さん達だったが、

「沢井さん、ちょっとだけ」

と断って、時間を貰う。

「怜君が言うなら、まあ、いいでしょう」

「沢井先輩?」

「黙っとけ」

「はい!」

 上下関係がハッキリしてるなあ。

「石動さん。もしあなたが病気になった、あるいは大けがをした時。医者に診て貰いますよね。医師免許の無い自称医者でも平気ですか」

「それとこれは違うでしょ」

「同じです。昔は医師免許なんて無かった。だから、ニセ医者も横行していたし、腕のばらつきもあった。それを免許制にする事で、最低ラインの知識、技量を持つ者だけが医療行為を行えるようになり、医療は安定しました。それでもきっと当時は、免許なんて知るか、って言う人もいたでしょうね。

 では、霊能師免許はどうか。まず依頼者側からすれば、協会を通す事でサギやぼったくりの被害を無くせます。無駄に日数をかける事もない。

 反対に、術者からすればどうか。己の技能に見合った仕事が紹介されるので、安全、確実に仕事ができる」

「安全、確実?そんなの言ってたら――!」

「もう忘れましたか。山であなたがどうなったか。もしあの場にいたのがあなたと子供達だけだったら、確実に3人共今頃は食い殺されていて、更に力を付けた紅鬼が、まず小学校を、そして町中を蹂躙していたでしょうね」

 石動さんは、血の気の引いた真っ白な顔で、突っ立っていた。

「あ、あたし、あんなの、知らない」

「だから、対処できる人間を協会は派遣するんです。そのために協会はあって、免許はいるんです」

 辺りは、シンとしていた。

「何があったの」

 小声で訊かれた子供が、

「紅鬼を見て、石動のおばちゃんは震えて動けなくなって、それであっちの兄ちゃんがケガして、それでも祓ったんだ」

「あっちのお兄ちゃんは僕達を守って逃がす役目で、僕達、ずっと守ってもらってたんだ」

 石動さんは下を向き、江田さんは真っ青になった。

「圭子、お前……あんなにバカにするなって啖呵切って……。

 申し訳ありません!」

「いえ、それはもういいです。それより、これからです。

 石動さん。この仕事がやりたいなら、試験を受ければいいじゃないですか」

「受けたわよ」

「は?」

「滑ったのよ、悪い!?」

「落ちたってことかねえ?」

「そうよっ!」

「……それじゃ、本当に知識なり実力なりが、その、あれなんじゃないかねえ?」

「だ、なあ」

 急に気まずくなって、大人達は目を泳がせた。

 そうか、落ちてたのか。一応、受けたんだな。

 沢井さんは咳払いをして、空気をリセットした。

「じゃあ、免許ができる前から云々は、後付けの理由ですね。単なる言い訳というか」

 後輩刑事の言葉に嫌味は無いが、全員、居たたまれない気持ちで、石動さんから目を逸らせた。

「そ、そ、それは……」

「……石動さん。再チャレンジして下さい」

 これ以外の言葉はない。

「では、続きは警察署で伺います。

 あ、怜君。ケガした事、ちゃんと御崎先輩に言わないとだめだよ。どうせバレるからね」

「う、はい」

「あ、ひとつだけ。

 あたしはおばちゃんじゃない。お姉ちゃんよ」

 石動さんはそれだけ言い置いて、沢井さん達と警察署の方へ行った。

 ああ、面倒臭い……。


 その日は宿に泊まり、温泉と食事を堪能した。すでに腕の怪我は痕すらほとんどない。便利ではあるが、恐ろしい。体質変化、どこまでいくんだろうな。

 しかしそんな不安も、翌朝出発前にお土産を買っているとすっかり忘れた。

 岩魚の甘露煮、栗の甘露煮、栃餅、地鶏の燻製、鹿肉、イノシシ肉、鴨肉。兄ちゃんが好きなやつがいっぱいある!冴子姉も肉が好きそうだしな。智史と真先輩には、山菜そばかな。

 直と2人、たんまりと買った。

 そうしたら、見送りに来てくれた町民の人達からは、漬物とか青梅のシロップ漬けとか山女魚の山椒煮とか柿をいただき、猟友会からは、熊肉を貰った。

 もう、楽しみで楽しみで仕方がない。

 大量の土産物を持って直と旅行気分で帰り、玄関の前に立って、兄になんて言おうか考えていない事を思い出した。

 しまった。今度叱られるのは、どうも僕だ……。









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