第254話 紅鬼(3)謝罪とお願い
紅葉の山に、幅3メートル程の道のような部分が伸びている。木枯れだ。
山の頂上付近にある封印石のところから、木枯れが真っすぐに延びているのが、その延長線上にある小学校の校舎からよく見えた。
「ゴールはここかねえ」
「好物の子供がたくさんいることだしな」
山裾辺りは刈り入れの終わった田んぼで、広さはある。
「山の中でやるよりも、ここを使わせてもらえないかな。誘い込んで罠にかけた方が、散らす心配も無いし、安全だろう」
「田んぼ、だめって言われないかねえ」
「後でちゃんと浄化して返すからって言えばどうかな」
「そうだねえ。江田さんに頼もうかねえ」
僕と直は、小学校の教師達と話をしている江田さんを見た。
圭子は家に入る前に深呼吸して、大きな声を上げながら戸を開けた。
「ただいまあ」
居間には祖母がいた。
「ああ、おかえり。お茶、飲むかい、圭子」
「うん」
急須で、緑茶を淹れる。ずっと変わらず使っている茶葉だ。
「美味しい」
2人でしばらく黙って、お茶を啜る。
「圭子。今日、霊能師が来たんだろう」
圭子は、ピクリとした。
「うん。大学1年生だって。笑っちゃう」
「そうかい?そばで見たんだろう?」
「別に、大した事なんてなかったよ。あんなの」
すぐに見抜かれたし、もう1人は圧倒的な力だった。その思いに、強引にふたをする。
「おばあちゃんの方が凄いよ」
祖母は静かに御茶を啜り、淡々と言った。
「そうかねえ。ここにいても、浄化の瞬間がわかったよ。あんなの、最盛期でもムリだったよ」
「――!」
「それに、山を下りて来た熊を動けなくしたそうだよ」
「熊?」
「ああ。逃げて来た熊が、町民に被害を出す前で良かったよ」
「……」
「圭子」
「辞めないからね。だっておかしいもん。急に資格がいるようになりますって。うちはここで立派に霊能者としてやって来たんだもん」
「……圭子……」
「辞めないから、あたし!」
圭子は立ち上がると、家を飛び出した。
江田さんは校長と田んぼの持ち主と町長とで話し合い、首尾よく、田んぼで罠を張る了承を取り付けた。
普段から付き合いをし、それを上手く利用する感じだ。最近では癒着の元と言われるが、こういう田舎では、必要なものなのかも知れない。
何事も、節度という事か。
気弱そうだった江田さんを少し尊敬していると、散歩と呼ぶには暗い顔で、石動さんが歩いて来た。そして、僕達に気付いて顔を歪めた。
「ああ、圭子ちゃん。ここに罠を張って、紅鬼を誘い込む事に決まったよ」
校長がにこにことして言う。
「そうですか」
取り付く島もない、そんな感じだ。
「圭子。先生に失礼だろうが」
江田さんが注意するが、石動さんは、
「裏切りものと話す気はないもん」
と、そっぽをむいたままだ。
「裏切りものって……」
江田さんは、深々と嘆息した。
「だって、そうじゃない!いきなり資格が無いとだめだなんて納得できない!うちは、ずっと、拝み屋をして来たのに。資格ができる前からずっと!」
その時、ジャージ姿の人が、叫びながら慌てて走って来た。
「大変ですう!」
「どうかしたのかな、田辺先生」
「校長、大変です。例の石を倒した充とヒロが、責任を感じて、紅鬼に謝って人や動物を食べないようにお願いするって書置きを残して山に入ったそうです」
「何い!?」
ああ、もう、面倒臭い事になったぞ。計画もパアだ。
僕は頭を抱えたくなった。
「とにかく今すぐに僕達も追いかけます」
「これ以上、親御さんとかが入らないようにお願いしますねえ」
「あ、私も行きます」
江田さんと田辺先生が言ったが、
「危険です。人数は抑えたいので……石動さん、2人の顔は知っていますね。それと、自分の身の防御くらいはできますか」
「当然でしょ。バカにしないで」
「では、こちらの指示に従って下さい。いいですか」
「……まあ」
「信用させてもらいますよ。
直、今何枚持ってる」
「防御結界20枚、封じ6枚、無地14枚だねえ」
「よし、行こうか」
僕達は、急いで山に入った。
紅鬼は、ずっと空腹だった。自由になった後、まずはその辺の生気を喰らって取り敢えず動けるようにすると、動物を喰らって力を取り戻そうとした。そして少しずつ、美味しそうな匂いのするものがたくさんいる方へと、近付いて行っている。
ワカイ オンナ
ヤワラカイ コドモ
朧気だった体が、次第にしっかりとしたものになり、今では実体を得ていた。
最盛期の頃の体を取り戻すのも、時間の問題だった。
その時、ふっと、子供の匂いがした。それも、向こうから近付いて来ている。
エサガクル
ヤワラカイ コドモ
紅鬼の視界に小学生の子供2人が入り、紅鬼は舌なめずりをした。
充とヒロは人生初の書置きを残し、山を歩いていた。今は紅鬼だけでなく、熊もやたらと凶暴化しているようなので危険だと、山への立ち入りは禁止となっている。
だが、それもこれも皆、遠足の日に石を倒した自分達のせいだ。動物はもうたくさん犠牲になっている。次は人間だ。その前に、何とか謝って許してもらえないかと、子供ながらに考えたのだ。
「充君、紅鬼がいきなり食べに来たらどうしよう」
「その時は、残った方がお願いする事にしよう」
2人は恐怖に震えながら、木枯れの先端を目指した。
と、足元に、動物の死体が出て来た。
「ひっ」
「近いのかもな」
声が裏返りそうになるのを、何とか堪えた。
が、前方にいた何かといきなり目が合い、頭が真っ白になった。
額に角、血染めの着物、血に汚れた吊り上がった口元。
紅鬼だった。
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