第253話 紅鬼(2)反感
在来線に乗り換えて村に着くと、役場の人が、駅で待っていてくれた。
「遠い所を、ありがとうございます」
「御崎 怜です」
「町田 直ですう」
「役場の江田です。まずは宿の方へ──」
とそこまで言ったところで、緊急無線がサイレンを流す。
地震か?Jアラートではなさそうだが。
「また出たか」
その江田さんの言葉を裏付けるように、アナウンスが続く。
「熊が出没しました。町民の皆さんは、十分注意をして下さい」
「熊!?」
「注意って何をどうすればいいんですかねえ!?」
「まあ、家でじっとしていた方がいいですね。あ」
前方を見て、江田さんが足を止めた。
犬にしては大きい何かが、稲を刈り終わった田んぼの畔を走って来る。
と、目が合った。
「あ、くま」
「実物は動物園でしか見た事がないねえ」
「死んだふりが効かないとは聞いたな」
「目を逸らさずにあとずされ、だったっけねえ」
「でも、走って来るから、後ずさるスピードが凄くなるぞ。無理だ」
「どうしましょうかねえ、江田さん」
「わ、私が何としてもお2人は守ります!その間に駅に逃げ込んで下さい!」
犠牲覚悟!?
後ろから地元猟友会の人か何かが走って来るが、熊を挟んで僕達がいるので撃てないだろう。
「下がって」
効くかどうかわからないが、やってみよう。まあ、野生動物なので、効くかもしれないな、却って。
前に出、神威をいきなり熊にぶつける。
熊はいきなり急停止し、小さくなって、唸り出した。それにだめ押しのように、もう1発。
「グオッ」
そんな声を出して熊はギクッと身を強張らせ、腰を抜かしたように座り込んだ。そこへ猟友会の人か何かが追い付いて来、麻酔銃を打ち込む。
「30分程で眠りこみます。もう大丈夫です」
江田さんがホッとしたように言った。
「ああ。良かった」
「毛の色が白黒になるだけで可愛いのにねえ。こっちは怖いよねえ」
歩き出しながら、気になっていた事を訊いた。
「あの、またかっておっしゃいましたよね。多いんですか、あれ以来」
「ええ。例年よりも多いです。それもさっきみたいに、まるで何かから逃げて来るみたいに」
江田さんが答え、山を振り仰いだ。
とにかく、山の封印場所へ行ってみる事にした。
歩き始めた時、こちらを睨みつけるようにして立つ女性が前方にいた。
「あ、圭子」
江田さんが、やや気まず気な声を上げた。
「ええっと、#石動圭子__いするぎけいこ__#さんです。その、彼女のお婆さんまで、拝み屋をしていた家でして」
「初めまして。両親は普通の人なので最初から会社勤めをしていました。今は私が祖母の跡を継いで、霊能者をしています」
これが例の人物らしい。20代半ば辺りで、気が強そうだ。
「東京からわざわざ呼んだんでしょ。バカみたい。資格があるかないかなんてだけなのに、こんな子供を寄こされて」
無表情でも、ムッとする。
「でも、実際に、あなたではどうにもできなかったんですよね。事態の収拾を」
今度は彼女が、ムッとした顔をした。
「これまでの事など、お伺いする事があるかも知れません。その時はよろしくお願いします。
ああ、申し遅れました。御崎 怜です」
「町田 直です」
「……石動です」
言って、プイッと身を翻す。
「封印石を見に行くんならこっちよ」
「あ、ささ、行きましょう」
江田さんが笑みを浮かべて言い、僕達は4人で山に登り始めた。
ハイキングコースになるようななだらかな山道で、標高もそう高くない。紅葉した木々が山を覆い、こんな時でなかったら、さぞや楽しいハイキングになるだろうと思われた。
「どんぐりに、栗もあるねえ」
「まあ。お気楽だ事」
フンと笑う石動さんに、流石に温厚な直もカチンときた顔をした。
「熊のえさは山に豊富だと言ってるんだが?」
「……」
「ととと、栃の実もありましてね。栃餅は名物なんですよ」
江田さんが必死で、間に入ろうとする。田舎の公務員は、辛いな。いや、個人的に江田さんがいい人なのかな。
「ああ」
木々の立ち枯れのエリアに入った。見事に、木、草、苔、全部がだめになっている。
「こういう風になっている所に、腹から喰われた野生のタヌキやらなんやらが転がっているんです。それは役場で順次回収してますけど」
江田さんの説明を聞いていると、すぐ、開けた所に出た。
穢れと、悲しみ、悔しさ、寂しさという情念が立ち込めている。その真ん中に、高さ1メートルほどの石が横倒しになっており、周りには、盛り塩やらお神酒やら紙垂の張られたロープやらがあった。
「……これは、石動さんが?」
「そうよ」
胸を張る。
「念のために訊きたいんですがねえ、これの目的は何ですかねえ」
「決まってるじゃない。紅鬼を封印する為と、ここの穢れを祓う為よ。素人?」
バカにしたように言う石動さんに、僕と直は、嘆息を堪えた。
「それは、ここに紅鬼がいた時に?」
「それは……いなかったけど……」
「それでここに局所的な結界を張って意味があるんですか?」
石動さんはプイッとよそを向いた。
「怜」
「雑霊が活性化してるから、祓っておこう。これで熊が逃げ出したんだな。後の事を考えたら、札は温存しておいた方がいいだろう?」
「そうだねえ」
浄力を一気に放出し、一帯を浄化する。
江田さんはともかく、石動さんにもわかったらしい。
「え!?」
「じゃあ、行きましょうか」
「山が一望できるところとかあればいいんですがねえ」
「小学校が正面です。一旦今の道を引き返して、車で向かいましょうか。
ええっと、石動さんは」
「あたしはいい――!」
「あ、でも、入山は今規制中なので、下りてもらわないと……」
石動さんは苛立たしそうに、先に立って道を引き返し始めた。
その後から、僕達も下山し始めた。
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