第243話 トンネル(2)親孝行な息子
トンネルの先の集落は、家が20軒程固まっているだけのところだった。この中に香澄家はあり、厳太郎氏と伸子さん夫婦の間に、浩一、浩二、寛子の3人の子供がいるらしい。
だが、浩一さんは大学から家を出ており、現在は妻子と3人で都心にある社宅で暮らしているらしい。寛子さんは短大を出て就職すると、4年で結婚し、家を出ている。浩二さんは家から通勤していたのだが、彼が27歳の時に父親が脳梗塞を発症。半身麻痺が残り、介護生活がスタートした。結婚間近だった彼女には婚約を破棄され、母親と2人でどうにかやっていたが、2年もすると父親に認知症が認められ、浩二さんは、仕事と介護、かなり大変な生活を強いられていたようだ。
そして1年前。残業になって急いで家に帰る途中、このトンネルで車に引っかけられ、引きずられて死亡。犯人は逃げたが、2日後にひき逃げで逮捕された。
そして父親は現在介護付き老人ホームに入っているらしい。
面白半分でトンネルに行った事は伏せ、ただ浩二さんと話したとだけ言って、僕達は伸子さんに会いに行っていた。
「それは、ご苦労なさいましたね」
真先輩が沈鬱な表情で言って、仏壇を見た。
写真立ての中で、人の良さそうな笑顔の青年が、はにかんだように笑っていた。
「浩二にばかり、負担をかけてしまって。本当に浩二には可哀そうな事をしてしまいました……」
「他のお2人は」
「寄り付きもしませんよ。夫や私がたまに調子を崩しても、大丈夫かの電話1本も寄こさず、そのくせ、夫が先に無くなった時は遺産はどのくらいになりそうかとか、私が先の時はどうするかとか、そればっかり。
情けないものですよ。いよいよ私が動けなくなったら、死ぬ前に夫を殺して、心中でもするしかないのかしら。
それに引き換え浩二は、婚約者にも逃げられて、苦労して、何か楽しい事はあったのかしら。申し訳なくて、本当に。まだ成仏していないのなら、せめて安心してあの世に行って、今度は何不自由のない幸せな人生を送って欲しいわ」
伸子さんはソッと涙を拭うと、両手をついて頭を下げた。
「どうか、浩二を助けてやって下さい。お願いします」
「お、おばあちゃん」
智史がおろおろとするのをよそに、頷く。
「承りました」
「心配いりませんよう」
直が、信子さんの背中に手を当てて起こす。
「事情はわかりました。
さて。今晩浩二さんを迎えに行くとして、明日、厳太郎さんに面会できますか」
「はい」
「では、明日、車で迎えに来ましょう」
真先輩が、にこにこと請け負う。
「お願いします」
僕達は、香澄家を後にした。
午後10時前、僕達はトンネルで浩二さんを待っていた。
今晩中に、浩二さんに亡くなった事を納得させ、明日成仏する事を了承させなければならない。
「納得するかねえ」
「かなり心配してるようやからなあ」
「心配はいらないって、思わせないといけないんだけどね」
「まあ、ホームに入所できてるから、介護士に24時間見てもらえるって、そう納得してもらうくらいかな」
「そのあたりかねえ」
言っているうちに、午後10時になる。
うすぼんやりとした人影が現れ、やがて、はっきりとする。
「今、何時ですか」
視線が合ったところで、訊かれる。
「浩二さん、昨日お会いしましたよね」
浩二さんはこちらをしばらく見て、ああ、と頷いた。
「そうだった。こんばんは。あれ?どうしたの?」
「浩二さんを、待っていたんですよ」
「ぼくを?」
キョトンとする。
「浩二さん。今あなたが置かれている状況がわかりますか」
浩二さんは目をしばたいて、首を傾けた。
「ええっと?」
「あなたは仕事を終え、急いで家に帰る途中、ひき逃げに遭って亡くなっています。およそ、1年になります」
「……え?冗談……」
「……」
「じゃ、ないね。そうだった。どうして忘れていたんだろう。父さんと母さんは、どうなっているんだろう。
ああ、帰らないと。早く家に――」
「落ち着いて下さい。その件で、提案がありまして」
「提案?」
「はい。このままではあなたはここから動けない。そして、成仏もできない。心配だから。
お母さんの方は、あなたが成仏して、新しい、幸せな人生を授かる事を心から願っている」
「そんな……」
「今お父さんがどうなっているか、お母さんがどうしているか。安心できたら、成仏しませんか」
浩二さんはかなり迷っているようだったが、やがて、
「安心できたら、まあ」
と、渋々言う。
「では、明日、お母さんと待ち合わせしていますので、一緒に行きましょう。今晩のところは、僕に憑いて来てください」
「わかった」
浩二さんにパスをつなぎ、引き入れる。取り込んで同化してしまわないように、気を付けなければいけない。
札に移すのが面倒はないが、万が一動き出したり暴れ出したりした時の事を考えれば、寝なくて済む僕が常時見張っておくのが一番安全なのだ。
「じゃあ、帰ろうか」
明日が楽しみだ。
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