第241話 守る(3)カメラとフィルムと不発弾

 傾きかけた太陽が見えた。どこかで兄弟げんかの声と、それを叱る母親の声がする。

「間に合った……」

 思わずしゃがみ込んだら、最初に着ていた服を着ていた。庭に防空壕は無く、車が留まっている。

「あれって、夢なんか?」

「いや……芋がゆの味も、炎の熱も、しっかりしてる」

 揃って、じっと手を見た。


 地面を掘り返す。

「何か出てきましたね」

 作業員が、穴の中を覗き込んだ。

「箱?」

 南雲社長が言う。金属の箱で、幾重にも油紙でくるまれていた。穴から引っ張り上げてさび付いた蓋をどうにか開ける。

「カメラとフィルムですね。どっちも、もうダメにはなってるけど」

 作業員は言って、箱から1歩離れた。

 途端に、フィルムが光り出し、カメラがカタカタと音を立てる。すると、フィルムからフワリと浮かび上がるように、白い砂浜と打ち寄せる波が現れる。

 そこに、若い女性と小さな子供が映る。はなさんと映一君だ。

 はなさんは少し恥ずかしそうにしていて、映一君は無邪気に貝殻を拾っている。そして、「はい」とこちらに差し出した。このカメラを回している、勝久さんに差し出したんだろう。ここでカメラは揺れて、手を伸ばすはなさんが映ると、画面がグルンと回って、勝久さんらしき青年と映一君が映る。

 音声は無いが、笑い声が聞こえて来るような、いい笑顔だ。

 するとそこで映像はぼんやりと薄れて行き、やがて、カタカタという音も止まる。

 代わりに現れたのは寄り添って立つその3人の親子で、幸せそうに笑っていた。

「ああ。帰ってこられたんですね」

 笑って、しかし、悲し気に穴の方を指す。

「まだ何かあるんですか?」

 言うと、作業員が慎重に穴の周囲を調べ、ギャアッと叫ぶ。

「ば、爆弾です!不発弾!自衛隊に連絡しないと!」

「ああ。はなさんは、このカメラとフィルムを守りたいだけでなく、火の熱で、不発弾が爆発するかも知れないと思って、水をかけつづけていたんですね」

 はなさんが頷く。

「長い間、ありがとうございます。それと、お疲れ様でした。もう後は、3人で、ゆっくりとして下さい」

 勝久さんとはなさんは笑って頭を下げ、映一君は笑って手を振って、3人は光る粒子のようになって、静かに消えて行った。

 誰かが、

「ああ」

と溜め息のような声を漏らし、誰からともなく、手を合わせた。


 陸上自衛隊による不発弾処理が無事に済み、本格的に暑い真夏がやって来た。

 ついでに、天照大御神も十二神将を引き連れてやって来た。暑いから納涼の宴会だと言う。

「大変だったなあ」

「戦時中に行ったと気付いた時は、本当にマズイと思いましたよ」

「無事に戻って来て良かった、良かった。パスをつなぐのも、随分慣れたな。ウチとつないだら、怜からも毎日来れるのに。そうしろ。な」

「照姉は、毎日飲みたいだけなんじゃ」

「ははは、いいじゃないかぁ、怜」

 持参した御神酒、伊勢海老、ホタテなどのアテを、兄も含めて楽しく飲んで食べて騒いで、来た時と同じように唐突に帰って行った。

 僕、直、兄は慣れていたので親類が来た程度の感覚だったのだが、来合わせた風間さんが硬直し、次に、むくれて面倒臭い事を言い出した。

「どうしてあっちが照姉で、私が風間さんなの?」

「え?いやあ、あっちは命令されてそうなって……」

「冴姉――はちょっとアレね。冴子姉。うん。冴子姉にしなさい」

「あ……うん」

 冴子姉は上機嫌で、兄と乾杯しては飲み直していた。

 今年の夏は、にぎやかになりそうだ。








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