第240話 守る(2)タイムスリップ戦時中

 壕から出て、その家にお邪魔した。

 住んでいるのはさっきの20歳前後の嶋田はなさんと、はなさんの息子さんの映一君。夫の勝久さんは、招集されて海軍にいるらしい。

 初めは僕達の身なりに警戒もしていた様子だったが、

「スパイにしては目立ちすぎて間抜けすぎる。訳ありの、どこか良い所のお坊ちゃんかしらね」

と、勝手に納得してくれた。

 憲兵に見つかったら面倒だからと、勝久さんの服も借りた。生地がやはり、今のものではない。家具、髪形、その辺を歩く人の服装。

「間違いない。戦中だな」

「はあ。どうしたもんかねえ」

 溜め息をついて視線を巡らせば、真先輩は嬉々として本や新聞などに目を落とし、智史は映一君とキャッキャと遊びまわっている。

「2人が異様に溶け込んでるねえ」

「……心配だ……」

 再び、揃って嘆息した。

「はいはい。ご飯にしますよう」

 鍋を持って、はなさんがリビング――というより、居間に入って来る。

 さつま芋が入った雑穀の2分がゆ、という感じだった。

 話としては知っていたが、本当にこれだけ?と内心で思いながら、なけなしの食糧をふるまってくれたことに感謝して頂く事にした。

「いただきます」

 いつもお弁当の時などに僕と直がするので、智史と真先輩も、今では手を合わせて言うのが習慣になっている。

「美味しいね!」

 嬉しそうに、映一君がはなさんを見上げて笑う。

 そうか。お父さんが出征していて家にいないから、年の近い、大人に見える僕達がいるのが嬉しいんだな。そうとなれば、智史が一緒に遊んでいた事も、悪い事ではないか。

 そして食事は、感謝はしても、満腹にはならなかった……。

 映一君は寝かせ、窓に厚手の黒い暗幕を引いて薄暗い電球の傘の下に座る。はなさんは繕い物だ。

「器用やなあ」

「こんなの当たり前でしょ。よっぽどのお坊ちゃま?」

 滋賀のホテル経営者の息子だ。まあ、否定はしない。

「今、昭和20年の7月ですよね」

 昼間、新聞を見ていた真先輩が、一応確認した。

「そうよ」

「ご主人は出征されて、今、どちらに」

「それは機密だから、教えてもらえないじゃない。ハガキに書いても、検閲で黒く塗りつぶされるだけだし」

 ああ、本で読んだな。だからそこがどこかわからないように、そこの気候とかも書けなくて、ただ家族の無事を案じる内容になっていた。

「勝久さんはどこにいるかわからないけど、きっとそこの景色を見て、どんな映画のどんな場面に合うか、考えてるに決まってるわ」

 と、ころころと笑う。

「映画がお好きなんですか」

「ええ。だから、息子の名前も映画の映。皆、勝とか利とか栄とかをつけたがるんだけどね。そんな勝久さんが、大好きよ。戦争が終わったら、きっと必要になるからって、カメラとフィルムを地下に隠してあるの。私は勝久さんが帰って来るまで、それと映一とこの家を、守っていないといけないの。がんばらなくちゃ」

 はなさんはそう言ってガッツポーズをした。

 ああ、そうか。わかった。この家に憑いているのはこのはなさんだ。ずっと、ずーっと、守り続けているんだなあ。

 切なくて、泣きそうだ。

 智史は既に泣いている。

「何、泣くの」

「いや、ええ話や。ホンマに」

「そうだねえ。勝久さんが無事に帰って来て、親子3人で映画を楽しめる日が、早く来たらいいねえ」

「うん、そうだよ。映画かあ。どんな内容なんだろうね」

「会ってみたいな。勝久さんにも」

 しみじみとしたいい雰囲気を破ったのは、空襲警報だった。

 はなさんは流石にこの時代の人で、危機管理ができている。防空頭巾を被り、電気を消し、隣の部屋で寝ている映一君を起こして防空頭巾を被せる。

 そして僕達は、庭の防空壕に入った。


 振動が響き、土がパラパラと落ちる。外の様子がわからないので、余計に不安だ。

 どうも僕達の思い描くシェルターとは、耐久度が違い過ぎる気がするのは、気のせいだと思いたい。

「大丈夫か?この上に爆弾落ちたりせえへんの?」

「運ね」

「運……」

 呆然と、はなさんの言葉に聞き入った。

 と、近くでドーンという音がし、一際揺れが激しくなった。

「だめだ、外を確認しよう」

 一番入り口側にいた真先輩が、そうっと壕の戸を開く。広がっていたのは一面の炎だった。付近の人が、バケツを運んだり逃げ惑ったりしている。

「焼夷弾!大変!」

 飛び出したはなさんが、防火用水の水をザブザブと家にかける。どう見ても、消せない。焼夷弾なら化学燃料なので、水をかけて消せるものではない。

「はなさん、だめだ。逃げよう。映一君を連れて、逃げよう」

「だめよ!アレを守らなきゃ!」

「命より!?勝久さんは死んでも守れなんて言わないだろ!」

「――!」

「はなさん!」

「映一」

 はなさんが映一君に手を伸ばしたその時、上から、ヒュウウン……という音がした。

 何かと皆で見上げると、ずんぐりとした、ニュースで見たことのあるシルエットのものが飛行機から落とされて来ていた。

「不発弾の、アレや」

「1トン爆弾」

 兄ちゃん――!!







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