第237話 ねたむ(3)授賞式

 本を本棚に戻し、ノートパソコンを見る。どう見ても、だめだろうな。

「本人以外にも攻撃するとは思っていませんでした。申し訳ありません。こちらの手落ちです。

 一応中味だけでもどうにかできないか、やってみますので」

「頭なんて下げないで。あなた達が付いててくれたから、私には手出しできないと思ってこうしたんでしょ。私がケガしたりしたんじゃないから、良かったわよ」

 風間さんは明るく笑った。

「授賞式用の服ですか」

 ハンガーにスーツがかかり、壁際に吊るされている。

「そうよ。8年ほど前のリクルートスーツだけど、これが一張羅だからね」

「生霊は新人賞に落ちて、新人賞を取った風間さんを逆恨みしています。明日の新人賞の授賞式までが、危ないと考えています。協会のセイフティハウスに移りませんか。すぐ近所ですし」

「悪いわ」

「そんな事ないですよ」

「危ないですからねえ」

「勿体ないし」

「ええっと、ここの家賃?」

「そうじゃなくて……あ、そうだ。君んちに泊めて」

「はい?」

 聞き間違いだろうか。

「寝るのは台所の隅っこでもいいから。だめかなあ」

 聞いていた兄が、口を開く。

「怜、それがいい」

「兄ちゃん?」

「あそこに1人は、寂しい」

「さっ、寂しくなんか!」

 風間さんは赤面しながら反論しようとしたが、

「そうだね。僕もその方がいいな。ガードもしやすいし、楽しそうだし」

「決まりだねえ。じゃあ、早速着替えの準備をしてもらおうかねえ」

と、決定してしまった。


 夕食は、急いで解凍した刺身を使った海鮮ちらし寿司、キャベツとトマトとゆで卵とコロッケ、作り置きの切り干し、えのきとわかめの味噌汁。

 風間さんは、誰かとご飯を食べるのは久しぶりだと喜んでくれた。そして、ダイニングでもリビングでもいいからと言うのを、兄と直の3人がかりで、僕の部屋で寝るように言い聞かせた。

「だって、いいの?」

「僕は週に3時間くらいしか寝なくていいんですよ。今日は寝ない日ですから。

 あ、シーツとか変えときますね、新品に」

「勿体ない!怜君が気にならなければ別にいいわよ!」

 どうにか寝かせて、3人でリビングに集まる。

「明日は札を持たせておこう。でも、襲えないとなると、選考委員とか編集者とか、やみくもに襲いそうな気がするな」

 直は頷いた。

「最初は編集者に憑いてたくらいだからねえ」

「生霊の主はわからないのか」

「落ちた人だろうとは思うけど」

「でも、編集者に憑いていたんだろう。普通の応募者なら編集者に会うのか?」

「多田さんが言うには、持ち込み原稿を批評した人はいるみたいだね。そのなかの誰かかな。

 よし。蜂谷にちょっと探ってもらおう」

「何だかんだで、蜂谷さんを便利に使ってるねえ」

 今度、差し入れでもしよう。

 僕は蜂谷に連絡を入れながら、そう思った。


 翌朝は、赤飯、アジの一夜干し、ほうれん草のごま和え、だし巻き卵、豆腐とあげとネギの味噌汁を準備。仕事が休みの兄は、車で授賞式会場まで送ってくれる事になった。

 風間さんは恐縮していたが、それで押し通す。

 蜂谷が多田さんからの情報で絞り込んだ犯人候補は、居場所をずっと把握し続けている。

 これで、一応の準備はできている筈だ。

 会場には人が集まり、開会の挨拶などと進んで行く。

 そしてとうとう、新人賞受賞者への花束贈呈に差し掛かる。

「来るならここだと思っていたが、やっぱりここか」

「期待を裏切らないねえ」

「腐っても作家志望。山場は心得てるんだろ」

 軽口を叩き合いながら、霊に近付いて行く。

「自覚しているかどうかわかりませんが、そろそろまずいですよ。生霊、戻れなくなったら、衰弱死しますしね」

「ねたむより、努力だねえ」

 風間さんの背後で、生霊が濃さを増す。

 テーブルの皿やグラスがカタカタと鳴り、出席者が辺りを見廻す。南雲氏など、一部は好奇心にワクワクとした様子でキョロキョロしていたが。

「さあて。いこうか、直」

「りょうかーい」

 直の札が、風間さん、というか生霊を中心に展開する。それと共に、皆にも生霊の形がハッキリと見えるようになっただろう。

「風間さん、絶対に札を離さないで。それと、くれぐれも大人しく黙ってて。刺激されたら、本当に困るから」

「ウッ、わかったわよ」

 こうなった時はと、朝から何回も注意しておいたが、それでも心配なのが風間さんだからなあ。

 風間さんに何もできず、かと言って他の誰かに乗り変えようとしても札の作った結界から出られず、生霊は、ジタバタしている。

「あなたは誰ですか。教えてもらいます」

 軽く触れ、パスをつなぐ。自宅、木造家屋の一室、デスクトップパソコン、投げ出された足は短パンを穿いていて、おそらく20代半ばの男性で筋肉質。

 流れ込んで来た情報を、電話でつないだ蜂谷に伝える。

「それに該当するのは、2人。埼玉在住か、東京在住かだな」

「窓からスカイツリーが見えた」

「こっちか。わかった。すぐに抑えに行かせるよ」

「お願いします。

 さて。逃げられちゃ困るんで、少し寝ててもらいます。心配はいりません。少し、ビリッとするくらいですからね」

 スタンガン程度の、ごく弱い雷を生霊に当てる。


     ギャッ!!


 ビクビクッとして痙攣し、消える。見ていた皆は、つられて肩を竦めたり嬉しそうに見つめていたり、様々だ。

「もう大丈夫です。僕達は向こうに行きますが、心配はいりませんから。

 お騒がせしました」

 直と2人、兄に目配せをしておいて会場を出た。










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