第236話 ねたむ(2)姐さん

 新人賞に受賞しなかった人が生霊だとは思うものの、誰かわからない。落ちた人の数が多すぎる。

 取り敢えず、風間さんに何も無いように、貼り付く事になった。

「狭いけど、どうぞ」

 風間さんの家は、うちの最寄り駅のすぐ近くに古くからある住宅街の一角の、1DKの古いアパートだった。ここにお母さんと暮らしていたそうだが、4年前にお母さんは病気で亡くなり、今は1人暮らしらしい。

 位牌などは無く、生前に言われていた通り、お寺に預けたそうだ。

「お邪魔します」

 南雲親子、智史、多田さん、僕に直。狭い。本当に、狭い。

「あの、結果は後でお知らせしますけど」

 言ったが、

「せっかくなので、このまま取材を」

「後学の為に、是非」

「編集者としても、先に憑いていた者としても、責任がありますから」

「心霊研究会やもん」

 と、誰一人帰らない。

 風間さんは笑って、

「狭いので良ければどうぞ」

と言った。

 いいのか、本当に?

「母はレジ打ちのパートとかをしながら女手ひとつで私を育ててくれて、私は高校を出てすぐに町工場に就職したんだけど、潰れちゃって。その後は、コンビニとかファミレスとかでアルバイトをしながら、作家を目指してたんですよ」

 見事にばらばらのコップでお茶を啜りながら、自分の話をしてくれた。

「へえ。苦労もあったろうけど、いい経験にしたいね、それは」

 南雲氏が穏やかに言うと、風間さんは、「はい」と笑った。

「今、どうなってる?」

 コソッと多田さんが訊くが、狭いしくっついてるので、丸聞こえだ。

「今は消えていますね。いつ来るかわからないのが、ガードの難点ですね」

「長期戦になるかどうかも、わからないんですよねえ」

 南雲親子は、「ほおお」と頷いている。

「なので、一旦帰りませんか、皆さん」

「えええーっ」

 聞き分けてくれ!


 その後、コンビニのバイトの時間になったので、風間さん、僕、直はコンビニへ、他の皆は渋々帰ることになった。

 兄に電話しておいたら、兄は仕事帰りにコンビニに来た。

 御崎 司。頭脳明晰でスポーツも得意。クールなハンサムで、弟から見てもカッコいい、ひと回り年上の頼れる自慢の兄である。両親が事故死してからは親代わりとして僕を育ててくれ、感謝してもしきれない。警察庁キャリアで、今は警視庁警備部に所属する警視だ。

「あ、兄ちゃん」

 客のように店内でさりげなくウロウロしながら風間さんをガードしていた僕達は、兄に近付いた。

「お帰り。急にこうなって」

「いや、それはいい。それで、マルタイ――ガード対象者は?」

「あのレジのバイトの、年上の方。風間さん」

 そう言った時、レジの前にいたサラリーマンが声を張り上げた。

「誰が生野菜まで温めるって言ったよ!生野菜じゃないだろ、それじゃあ」

「申し訳ありません。でも――」

 担当していた高校生くらいのバイト生が頭を下げている。

「申し訳ありませんじゃ、ねえんだよ。

 なあ、どうするんだよ、なあ」

「すぐにお取替え――」

「最後の一個なんだよ、これ」

 弁当を温めるのに、個別に温めるコンビニはないだろう。衛生的にも。

 サラリーマンの言いがかりにしか思えないセリフに、バイト生は泣きそうだ。

 たまらずレジに行きかけた僕の前で、風間さんが毅然と言い返す。

「お弁当を温めるかどうか、お伺いしました。確かに丸ごととは言っておりませんが、お客様。レンジにお弁当を入れる所をご覧になっていましたよね。それにいつもどこの店でも、お弁当の中身を個別に温められていますか。開封して個別に温めるのは衛生的によろしくないのですが」

 サラリーマンはグッとつまり、バックヤードから飛んできた店長は、ペコペコと頭を下げた。

「申し訳ございません。何かございましたでしょうか」

「もういい!二度と来るか!」

 サラリーマンは弁当を掴んで、店を出て行った。

「風間さあん」

「ケッ。来なくて結構。絶対来るな」

「風間君!ああ、なにがもう」

「言いがかりですよ。バイトだからって」

「だからってねえ、正論で怒らせて客が来なくなったら、潰れるんだよ?本部にクレーム入れられたら、マズイんだよ?わかってる?」

「……わかってますけど」

「いや、君はわかってない!これで何回目だよ!」

 店長は項垂れ、告げた。

「本部のマネージャーに言われてたの、覚えてるよね。こんな事を次にしたら」

「クビ、でしたね」

「風間さあん」

「お世話になりました」

 呆然と見ていた僕達は、風間さんがバックヤードに消え、しばらくしてカバンを手に出て来たので我に返った。

「か、風間さん」

「恥ずかしい所を見せちゃいましたね」

「いえ!風間さんは間違ったことを言ってません!」

「ボクも同感だねえ」

「ありがとうね。へへっ」

「まあ、言い方でしょうね」

 兄が言った。

「誰、この人」

「あ、兄です」

「ふうん。どうも。弟さんにはお世話になっています」

「いえ。今日は帰宅されるんですか。お送りしましょう」

「別に――」

「さっきの男が待ち伏せしていないとは限りませんから」

「……どうも」

 というわけで、4人で風間さんのアパートへ帰ったのだが、ドアの前で住人達が集まっていた。

「ああ、風間さん。バイトだったのよね、やっぱり」

 おばさんが言う。

「どうかしたんですか」

「さっき物凄い音がして。呼びかけたけど誰も出て来ないし、警察を呼ぼうかと思って」

「いや、警察って。警察なのか?」

 初老のおじさんが首を傾げる。

「失礼」

 白い手袋を取り出しながら、兄が前に出る。

「何ですか」

 訊く風間さんに、

「警察です」

と、兄は簡潔に答えた。

 鍵は閉まっていた。風間さんの鍵で開けドアを開ける。

「何だ……」

 ノートパソコンが半分に折れ、本という本が散乱していた。

「これ、ヤツの仕業だな」

「えっと、君も警察?」

 おばさんが訊く。

「いえ、霊能師です」





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