第235話 ねたむ(1)生霊

 坂道の上に建つその家は、和洋折衷の、文化財みたいな佇まいだった。

「いいなあ」

 御崎みさき れん、大学1年生。高校入学直前、突然、霊が見え、会話ができる体質になった上、神殺し、神喰い、神生み等の新体質までもが加わった、霊能師である。面倒臭い事はなるべく避け、安全な毎日を送りたいのに、危ない、どうかすれば死にそうな目に、何度も遭っている。

「眺めもいいねえ」

 窓からは、キラキラと光っている海も見える。

 町田 直、幼稚園からの親友だ。要領が良くて人懐っこく、脅威の人脈を持っている。高1の夏以降、直も、霊が見え、会話ができる体質になったので本当に心強い。だがその前から、僕の事情にも精通し、いつも無条件で助けてくれた大切な相棒だ。霊能師としては、祓えないが、屈指の札使いであり、インコ使いでもある。

「これが鎌倉のお屋敷なんか」

 郷田智史。いつも髪をキレイにセットし、モテたい、彼女が欲しいと言っている。実家は滋賀でホテルを経営しており、兄は経営面、智史は法律面からそれをサポートしつつ弁護士をしようと、法学部へ進学したらしい。

「大げさだよ、皆。住んでみたら、坂は大変だし、潮風で金属とかの痛みは早いし、風が強いと庭の花なんかも塩の結晶がついてるし」

 南雲 真。1つ年上の先輩で、父親は推理作家の南雲 豊氏、母親は不動産会社社長だ。おっとりとした感じのする人で、怪談は好きなのでオカルト研究会へ入ってみたらしいのだが、合わなかったから辞めたそうだ。

 今日は南雲先輩の実家を訪問していた。

 と言うのも、南雲先輩のお父さんが霊能師に取材してみたいとおっしゃられたそうで、それならとお邪魔する事になったのだ。

「わざわざ、ありがとう。あのクーデター未遂事件は興味があったんだが、見学に行けなかったしね。ブラッディハロウィン事件も、行けるものなら行きたかったんだよねえ」

 残念そうに言う南雲氏に、南雲先輩は、

「危ないからだめだって」

と苦笑する。

「まあ、どうしても守秘義務が発生する箇所は無理ですが、それ以外ならいいですよ」

「遠慮なくどうぞですねえ」

「知らんかった。あれ、怜と直が絡んどったんか」

「ははは。そこまで報道しないし、発表も基本しないからね」

 和やかに始まった取材は、始まってみると、やはり色々な角度から質問されて、答えられるギリギリまで僕達は答えた。役に立てばいいんだが。

 丁度終わって、夫人も交えておやつでも、となった時、担当編集者の多田さんが現れた。

 どこにでもいるサラリーマンといった感じだったが、明らかに僕と直の注意を引く点が一点あった。

「多田さん、男の生霊が憑いてます」


 出版社へ多田さんと行った。

「生霊って、どうしてですかね。何で恨まれてるんでしょう?」

 落ち着かない様子だ。

「大丈夫、何とかしますから」

 言う僕のそばで、期待に目を輝かせた南雲親子が多田さんに貼り付いている。

「気分は悪くないか、多田君」

「苦しいとか」

「いや、そういうのはないですね」

「もうすぐかな?もうすぐだよね」

「あの、暗示かけるのやめて下さいね、南雲先輩」

 編集部は職員室のようだと思ったが、それよりもはるかにザワザワしていた。

「恨まれるとしたら、持ち込み原稿を読んで辛口批評した人達くらいかな。でも、そんなので?」

 多田さんは首を捻っているが、恨みなんて、逆恨みだってある。

「逆恨みは、当人しかわからない理屈だったりするしねえ」

「気にしない事です」

「はあ」

 そう言っていると、来客があった。20代終わりくらいの女性で、キリッとしながらも、きつくはなさそうだ。

「ああ、風間さん。

 そうだ、紹介しましょう。風間冴子さん。SFで新人賞を取った新人さんです。

 こちらは南雲 豊先生。推理小説の大御所ですよ」

「まあ!風間冴子です。初めまして。お会いできて光栄です」

「こちらこそ初めまして」

 ニッコリとして、握手を交わす。

 と、生霊が、凄い目で風間さんを見ている。

「こちらは?」

「先生の御子息と、そのご友人です」

「見学ですか」

「それがその、僕に生霊が憑いてしまいまして……」

 頭を掻く多田に、僕は告げる。

「たった今、生霊が外れました」

「え、本当に!?」

「はい。それで、風間さん。あなたに生霊が憑きました」

「……はあ!?」

 気持ちはわかる。




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