第234話 幸せのありか(4)幸せのかたち

 突然、両手から手すりが離れた。そして視界がグルリと回り、星ひとつ見えない雲ばかりの空が広がり、後頭部にガンという衝撃が走ったと思ったら、チカチカと星が飛んだ。

 そして、怒り狂った形相の、蜂谷と兄がいた。

「え、何?」

「何じゃねえよ、このバカタレ!」

「怜、わかるか!?」

「え?うん、兄ちゃん?」

 御崎 司。頭脳明晰でスポーツも得意。クールなハンサムで、弟から見てもカッコいい、ひと回り年上の頼れる自慢の兄である。両親が事故死してからは親代わりとして僕を育ててくれ、感謝してもしきれない。警察庁キャリアで、今は警視庁警備部に所属する警視だ。

 しかし、何だ?あれ?

 とりあえず寝転がっているので、起き上がってみた。

「ああ、頭ぶつけたのか。ホントに星って出るんだなあ」

 後頭部をなでてみると、兄と蜂谷がガックリと肩を落とした。仲がいいな。

「怜怜。今、もの凄く呑気な事考えてるだろ。状況、覚えてるか?」

「え?ええっと……」

 手すりの所に、女の子の幽霊が拘束された状態でいる。そのまま視線をグルリと回すと、息も絶え絶えになりながら札を手にした直がいた。と思ったらドアが開いて、晴ちゃんと美雪さんが飛び出して来た。

「え、どういう状況、これ!?あ……そうだった」

 言ったら、頭にチョップが来た。

「まず、あれにケリをつけろ、怜怜」

「ああ、うん」

 女の子が、恨めしそうにこっちを見ている。

「どうして。一緒に行くんじゃないの?大切な人の幸せの為に、重荷にならないように」

「悪いな。どうかしてた。僕は逝けない。君は1人で逝け。誰かを誘って、巻き込んだりしないで」

「どうして!嫌、嫌、嫌!死にたくなんてなかった!1人でなんて逝きたくない!」

「仕方ないな」

 女の子が期待を込めて顔を上げる。それに浄力をぶつけて、祓った。

 え、というキョトンとした顔で、彼女は消えて行った。今度は、幸せになりますように。

 ホッとしたところで、終わってない事に気が付いた。

「あ……ええっと……晴ちゃん、久しぶり。美雪さんもこんばんは」

 言うと、全員が溜め息をついて座り込んだ。

「何で、揃ってここに?」

「俺がお兄ちゃんに連絡した。様子がおかしかったからな」

 蜂谷が言い、兄が続く。

「それで、この頃おかしかったから、直君に何か知らないか訊いた」

「それで、あの失礼なおばさんの事を話したんだねえ」

「そうなるとこの現場は怜怜にとって最悪の相性になる」

「慌てて駆けつけて来たってところだ」

 すると美雪さんが、付け足した。

「私には茉莉から電話があって、今怜君に会ったって。それで、更に酷い事言ったのが分かって、急いで御崎君に連絡してわかったの。

 元々私は、この近くにいたから。ほら、うちの病院、そこだから」

 そういやそうだったな。

「私はお兄ちゃんの車に乗ってたの。塾、迎えに来てもらってたから」

 晴ちゃんは言った。

「あのね、怜君。茉莉のいう事、本気で取り合っちゃだめよ。あんなの、自分勝手な八つ当たりなんだからね。それにはっきり言わなかった私も悪いんだけど、私、付き合ってる人いるのよ」

「え!?」

「相手は製薬会社の人だから、勘繰られるのが嫌で、大っぴらにしてなかったの。でももういいわ。茉莉もうるさいし、発表するわ」

「大体な、言っただろ。結婚したければする、したくならなければしない。それに俺は、怜を迷惑に思った事なんかない。俺の幸せは俺が決める。怜をないがしろにして、俺の幸せは無い」

「ああ、いい!今のセリフ、何で録音してなかったんだろう、私!」

「ヒス女の戯言を真に受けるとは。いやあ、怜怜もまだお子ちゃまだねえ」

「全く。ブラコンにもほどがあるねえ」

「ええっと、ごめん」

 こうして、僕達は屋上を後にした。

 考えすぎと勘違いでえらい騒ぎにしてしまったが、ちゃんと全部わかって良かった。

 ああ、ただ一つだけ。直が何か上機嫌な晴ちゃんに、

「書くのか、書くつもりなのか、せめて架空の人物にしろよ、なあ」

と、やたらと真剣に迫っていたのだけがわからなかった。

 まあ、いいか。

「あ、雲が切れて星が見えて来た」








 

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