第233話 幸せのありか(3)家族のために
協会で係員に書類と5000円を渡し、ソファに座り込む。
「お、何だ怜怜。お疲れか?」
蜂谷恭介。霊能師で、呪術、解呪に強く、電波を介した術のエキスパートで、パソコン関係にも明るい。シニカルなところがあるが、根はお人好しで、面倒見がいい。
「ああ、蜂谷。いや、別に、うん」
「どうした?帰らないのか?お兄ちゃんが心配するぞ?」
蜂谷が笑いながら言うのに、笑ってごまかしておく。
「病院で飛び降り自殺者の霊、ですか」
その時、新たな仕事の話が聞こえた。
見ると、仕事を受注した係員が、それを書類に記入しているところだった。
「あ、それ、僕が行きます。今から」
「は?今、ですか?」
「はい。今は何もないから暇だし、いいですよね」
「えっと、はい。じゃあ、サインをお願いします。依頼は、自殺者の霊を祓う事です。現場はここ」
僕は説明を受けて、協会を出た。
最寄り駅で電車を降りる。と、苦手な人が、よりによって真ん前に立っていた。
高梨茉莉。兄の学生時代の友人で、勝気でズケズケと物を言う人で、向こうははっきりと、僕が嫌いらしい。自分が3回振られたのも兄が結婚しないのも、僕のせいだと責められた。
茉莉さんは口元を引き結び、眉を吊り上げ、僕と入れ違いに電車に乗った。
「こんばんは」
苦手だが、挨拶しないのもどうかと思って挨拶したが、茉莉さんはフンと鼻を鳴らした。
「この頃家に居付かないって心配してるそうね。チッ。いてもいなくても、あんたって邪魔ね。もう、存在自体が迷惑なのね」
そう言った時、ドアが閉まった。そばにいた学生グループが、会話が聞こえていたのか、ギョッとしたようにこっちを見ていた。
そのまま出る電車に背を向けて、歩き出す。
本当に、言いたい事をそのまま言う人だ。でも、そういう人が言う事なので、本当なのかも知れない。
「とにかく、仕事、仕事」
僕は、依頼先の病院を目指した。
屋上から自殺した患者の霊が今も飛び降り続け、仲間になろうと誘うらしい。
夜間出入口で守衛さんに言って、屋上に行く。
重いドアを開けると、風が吹き付けて来た。手すりの前に、パジャマの女の子が立っている。あの子が自殺した霊らしい。
「こんばんは」
長い髪をなびかせて、その子が振り返る。
「こんばんは。あなた、患者じゃないのね」
「まあね。君は何を?」
「死のうと思って。
でも、変なの。飛び降りた筈なのに、またここに立っているのよ。ねえ、どう思う?」
淡々と言う彼女は、資料によると、高校3年生らしい。高額な治療をしたが良くならず、飛び降りたとあった。
「治療費がね、高いの。借金はかさんでいくのに、病気は良くならなくて。このままだと、両親にも弟にも申し訳なくって。重荷になるくらいなら、死んで役に立とうかと思ったのよ。私が生きている限り、皆私を生かそうとするでしょ。だから、私はいちゃ、だめなのね」
「ああ。なるほど」
存在自体が邪魔、か。
溜め息が漏れる。
「ねえ、一緒に行きましょうよ。誰の迷惑にもならないように」
迷惑かあ。そうだよな。
「大切な人の重荷になりたくないでしょ」
それは、嫌だな。
「その人もあなたも、苦しみや悩みから解放されるのよ」
そうか。
「ね、行きましょ」
「そうだな」
手すりに両手をかける。
ああ、そうだな。兄ちゃんには幸せになってもらわないと。
風が下から吹き上げてきて、ふらついた。
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