第221話 離さない(2)藤棚

 暖かで、ベンチではサラリーマンやお母さん達、猫が、日向ぼっこをし、少し離れた遊具では幼児が達遊んでいる。花壇はよく手入れがされていて、パンジーが並んでいた。

 一瞬、ザワッと気配がしたものの、すぐに消えてなくなる。

「藤棚?」

 気配は、その辺りからしたように思ったが。

「立派でしょう。この公園のできた時からあるんです。一時期花が減ったんですがね、根本の土も柔らかくして肥料をやったせいか、この通りですよ」

 公園を管理している初老の男は自慢気に言った。

 たくさんの重そうな藤色の花をつけた藤は、ガッチリと椎か何かの木に食い込みながら巻き付き、棚一面に枝を這わせている。そしてその根元は、掘り返されたような跡があった。

 藤棚の中央には木製のベンチがあり、老夫婦がペットボトルのお茶を静かに飲んでいる。

 気のせいとも思えないが、とりあえず今は何も無さそうだ。

「さっき、一瞬だけ何かいたようですけど、すぐになくなりました。もう少し、様子を見たいのですが」

「わかりました。お願いします」

 管理人は管理人室へ戻って行き、直と藤棚を見る。

「波があるねえ」

「警戒してるのかな」

「時間を置いて見に来るかねえ?」

「それしかないかな、今のところ」

 訴えは公園から赤ん坊の泣き声がする、というもので、一瞬気配があったから、猫の仔の鳴き声と間違えたというわけではなさそうだ。

「まあ、公園を一周して、どこかに移動してないか見てこようか。反対周りに同時に回ってみるか?」

「そうだねえ」

 其々右回りと左回りになって、歩き出す。

 つつじがグルリとまわりに植えてあるが、どれも大きくて高さが大人の背の高さ近くあり、道路から直接入る事はできないようだ。そして、形もきっちりと刈って整えられていた。根元は、子猫くらいなら通り抜けられるだろうという隙間がある。

 遊具は大してなく、イルカやパンダの人形にバネがついていて、人形にまたがって、ビヨン、ビヨンと上下に跳ねたり揺れたりするものがいくつか。あとはシーソーと、小石が敷き詰められた上を裸足で歩く足裏健康歩道くらいで、子供が遊ぶ公園というよりも、散歩の途中で立ち寄るところ、花を楽しむところ、という感じらしい。

 ほんの1、2分で直と交差し、すぐに一周してしまう。

「ないなあ」

「ないねえ」

「様子見だな」

 言っていると、別の気配がして、下を見た。子供だ。グルグルと歩くのが遊びに見えたのか、イルカにまたがっていた子供が見上げていた。

「何してるの?」

「ええっと、散歩だねえ」

「グルグル?」

「そう、グルグル」

 直に、目で、「訊いてみてくれ」と頼む。子供は苦手だ。

 直は苦笑してから、訊いてくれた。

「この公園はよく来るのかねえ?」

「雨の日以外は毎日ぃ。お家がね、そこをあっちに行って、犬のところを曲がってちょっと」

 わからん。

「そう。

 ここでね、誰か泣いてるような声、聞いたことあるかねえ?」

「ううんと、ミカちゃんはすぐ泣くの。でもあきら君はもっとすぐに泣くの。順番こなのに、パンダが空いてないと泣くの。子供よね」

 ふう、と肩を竦める幼女。

 お前も子供だと、言ってはいけない。

 だが確実に、この子の20年後の方向性が見えた気がした。

「ふうん」

「あとね、昨日、お花が泣いたの。あのぶら下がってるお花。すぐに泣き止んだけど」

「ふうん、そうなんだ。教えてくれてありがとうねえ」

 にっこり笑って、幼児をイルカに帰す。何と鮮やかな手並みだ!

「怜、構えすぎなんだと思うねえ」

「でも、子供だぞ。突然泣き出したり、理解不能な事を言い出したり、ダメな事を説明しても聞き入れずに泣き出すし、すぐに気が変わるし。

 泣かれたら、どうしたらいいのかわからないだろ。こっちが泣きそうだ」

 直は笑いをこらえるように肩を震わせて、

「まあ、ごめん。それ、晴の相手した時のトラウマだよねえ」

と言ってから、真面目な顔に戻った。

「それはともかく、やっぱり藤棚だねえ」

「ああ。また、様子を見に来よう」

 僕達は、公園を後にした。








 

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