第222話 離さない(3)おかあさん

 夜になってから、公園へ向かった。大通りからは引っ込んでいるので静かだ。

 つつじの生け垣沿いに歩いて行くが、公園に人はいないようだ。出入口が1つで通り抜けできないからだろう。ショートカットに使う者はいないし、溜まり場にするには、ベンチが離れていて不便なのかもしれない。

「異常は無いな」

「何なんだろうねえ」

 言いながら歩いていると、智史の失恋相手がカップルで歩いて来た。智史には可哀そうだが、仲が良さそうだ。

 と、霊の気配が湧き上がり、赤ん坊の泣き声が確かに聞こえた。

「何?」

 彼女達にも聞こえるらしい。キョロキョロとしているが、顔色が悪い。

 僕と直は、とにかく公園の中に入って、藤棚を目指した。

「やっぱりここだな」

 ザワザワと藤が蔓をうごめかしており、泣き声はますます大きく、強くなる。そして蔓が、つつじを超えて道へと延びた。

「キャアア!」

 彼女の声がしたと同時くらいに、蔓に巻き付かれた彼女が、つつじを超えて藤棚の下へと運ばれる。

「何なのよ!?誰か、助けて!嫌!ご、ごめんなさい、謝るから!」

 彼女は錯乱でもしているのだろうか。真っ青な顔で叫び、ガクガクと震えている。

「真弓!!」

 公園の入り口から走って来た彼氏が、その様子を見てギクリと足を止めた。

「慎一!助けてよ!ねえ!!」

「い、いや、だって」


     おかあさん さがしたよ

     おかあさん ここにいて

     おかあさん もうどこにもいかないで


 藤の根元の土が盛り上がり、何かが出て来る。

「い、嫌あああ!!」

 それは、藤の根に巻き付かれた、赤ん坊の遺体だった。


     おかあさん おなかすいた

     おかあさん さみしかった

     おかあさん はなさない

     おかあさん

     おかあさん


「ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい」

 涙と鼻で顔をグシャグシャにしながら、少しでも逃れようと暴れるが、藤の蔓がそれを許さない。

「もしかして、この子をここに埋めましたか」

「慎一が!」

「真弓が悪いんだろ!?堕ろせって言ったのに!」

 もう、想像がついた。

「子供ができてしまって、そのまま産んで、ここに埋めた、と」

「慎一が、ここならって――」

「言い訳にもならないな。殺人と死体遺棄だな」

「俺は関係ない――」

「そんなわけがないんだねえ」

 智史。お前は失恋して良かったんだぞ。こんな女、お前の彼女になんてとんでもない。

 僕と直は溜め息をついて、藤に近付いた。

 赤ん坊は何かをしようというわけではなく、ただ、母親のそばにいたいだけなのだろう。白目を剥いて失神した真弓さんに、縋り付くように抱きついている。

「もう、逝こうか。お母さんとは、お別れしないといけないんだ」


     いやあ いやあ

     あああん ああああん


「そうじゃないと、大事なお母さんも弱って死んでしまうから」

「もう一度、ちゃんと生まれ直して来た方が、いいねえ」

 赤ん坊は真弓の顔をマジマジと見て、小さな手で触れ、


     おかあさん だいすき


と言うと、きらきらとして形を崩し、消えて行った。

 近所の誰かが騒ぎを聞きつけて通報したらしく、交番の巡査が2人、駆け付けて来た。


 智史の落ち込みは、激しかった。

 新聞には女子高校生Aと同級生の男子高校生Bとなっていたが、噂でわかるものだ。

 子供ができて、困っているうちに自宅で出産。素人で処置もできずに赤ん坊はそのまま亡くなり、今度は遺体の処理に困った2人は、近所の公園で穴が掘られたばかりのところがあると思い出し、そこなら埋めてもばれないと思って、埋めたらしい。

 殺人での起訴はするかしないかまだわからないそうだが、殺人に等しいと言ってもいいだろう。

「可愛いし、清楚そうだし、そんな子には見えんかった」

「もっといい子が見付かるよ、ねえ」

「そうだな、うん」

 僕と直は、項垂れて歩く智史を励ましていた。

「ほんまに?」

 うん、うん、と2人で頷く。

「誰か女の子紹介してくれる?」

 誰がいる?エリカ、ユキ、斎藤姉妹?でも、斎藤姉妹は合わないと思うしなあ。エリカとユキも、ううん。

「焦る事はないねえ。自然と出会うものだからねえ」

 そう言えばいいのか。

「そうかなあ。うん、そうやな。運命の出会いが落ちとるかもしれんな」

 落ちてるものなのか、とは思ったが、まあ、智史が元気になったからいいか。

「何かそう思ったら、腹減って来たわ。コンビニ寄ってもええ?」

 通りすがりのコンビニに、入りかける。

 と、出て来たところのOLらしき人と、ぶつかりそうになった。

「あ、すみません」

 ニコッと笑ってそう言い、颯爽と歩き去って行く。それを、智史は見つめている。

 あ、何か、予感がする。

「運命の人、発見や」

 ああ。もう知らん。

「怜、直。協力してくれ」

「面倒臭い」







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