第220話 離さない(1)失恋
呪文か寿限無のような注文をする方も凄いが、それを繰り返して確認する方も凄いな。僕は普通に、ブレンドでいい。
直はとみると、短めの注文をしていた。
町田 直、幼稚園からの親友だ。要領が良くて人懐っこく、脅威の人脈を持っている。高1の夏以降、直も、霊が見え、会話ができる体質になったので本当に心強い。だがその前から、僕の事情にも精通し、いつも無条件で助けてくれた大切な相棒だ。霊能師としては、祓えないが、屈指の札使いであり、インコ使いでもある。
智史は、長ったらしく注文をし、アルバイトの店員に笑顔を向けていた。
郷田智史。いつも髪をキレイにセットし、モテたい、彼女が欲しいと言っている。実家は滋賀でホテルを経営しており、兄は経営面、智史は法律面からそれをサポートしつつ弁護士をしようと、法学部へ進学したらしい。
注文した飲み物が載ったトレイを持って、テーブルへ移る。
「な、な、どう。かわいいやろ」
智史がすぐに訊いて来る。
智史が一目ぼれしたというアルバイトの店員を見せるからと、コーヒーショップへ連れて来られたのだ。
「今の、応対してくれた子か?」
「そうや」
さりげなく、3人でそっちを見る。
「明るそうで、そうかな」
「アイドル顔かねえ」
「やろ、やろ」
自分の彼女を褒められたかのように、智史が喜ぶ。
と、ススッと男子アルバイト生が近寄り、何やら親密そうに話し、笑顔を交わす。そして、お互いにそっと手を絡ませてから別れる。
「ああ……」
「あれは、付き合ってるねえ」
「そ、そんな……」
智史が絶望に満ちた声を絞り出した。
「彼女に告白とかしたのかねえ」
「いや、まだや。
でも、笑顔をいつも向けてくれたんやで」
「接客業だからな」
「間違えた事もないんやで」
「皆、そうだよねえ」
「勘違いやったとでも言うんか?」
「……むしろ、それ以外にないねえ」
無言で、クッキーを智史の皿に移してやった。
智史の失恋話に、兄は、ちょっと笑った。
「まあ、それが特別だと思いたいよな、好きな子の笑顔なら。
まずい方向に行ったらストーカー路線だがな」
御崎 司。頭脳明晰でスポーツも得意。クールなハンサムで、弟から見てもカッコいい、ひと回り年上の頼れる自慢の兄である。両親が事故死してからは親代わりとして僕を育ててくれ、感謝してもしきれない。警察庁キャリアで、今は警視庁警備部に所属する警視だ。
「確かに」
夕食の最中だ。
クラムチャウダー、豚巻きりんごソテー、サケのパスタ、ワカメサラダ。24等分くらいの厚さのくし形にして豚スライスを巻き付けたりんごに塩、こしょうして、巻き終わりから焼いて、少ししょうゆと白ワインを垂らして絡めたものだが、なかなかいいのだ。
「郷田君かあ。惚れっぽい子かな」
「ああ、そうかも。彼女が欲しいってずーっと言ってるから、常に探してるのかな」
「でも、なかなかいい子だな」
「うん。でも、注文が多すぎて、そんな彼女は見つからないんじゃないかって思うよ」
「そのうち、誰か好きになったら、注文なんてどうでもよくなるよ」
「そういうもんだよなあ。
それにしても、出会って丸1日半で失恋か」
「短かったな。でも、傷は浅い」
2人で頷き合った。
それは、探していた。
暗くて湿ってひんやりした所に放り出されて、温かく、安心できるぬくもりも匂いも、なくなってしまった。
ここはどこだろう
次に目が覚めると、やたらと明るくて、うるさい。
どうなってしまったんだろう
お腹がすいた。寂しい。不安だ。
どこへ行ったの
ここはどこ
手を精一杯伸ばし、探した。
どこ、どこ、どこ、どこ
誰も、来てくれなかった。あの安心できる暖かな人は、いないようだった。
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