第203話 受験(2)混沌なる会場
当日、試験会場に着いた僕と直は、それまでの緊張が、ある意味無くなる光景を見た。
本当の受験生の間に、色んな受験生がいる。
「ふっふっふっ。お前も落ちろぉ、落ちろぉ」
「受験をし続け13年。私こそ受験マイスター!」
「どうしてぼくが落ちたの。あいつが受かったのに。ねえ、どうして」
「一緒に絶望しましょう」
「今年こそ……今年こそ……」
ある種、いつも通りだった。
「これが受験か……」
「戦場跡ってやつだねえ」
目に余るやつだけ祓って、あとはもう、放って置く事にしよう。
どうでもいいのは無視して、試験に臨む。
昨日の夕食はばっちりと頂き物を使ったメニューだったのでそのご利益か、集中、リラックスできた。悩む程の問題もなく、スラスラと解け、拍子抜けしたくらいだ。
それは直も同じだったようで、お弁当を出しながら、完全にいつも通りの雰囲気だった。
「今日は、兄ちゃんの手作りなんだ。楽しみだなあ。おおっ」
蓋を開けると、ご飯にはのりと梅干しが両方乗っていた。おかずは、牛の一口カツ、きのこの赤ワイン炒め、鮭の塩焼き、自然薯の輪切りのロースト、ほうれん草の胡麻和え、だし巻き卵、オレンジ。差し入れの品が全て使われていた。酒も、調味料として使っているようだ。
直の方も、メニューは違っても、頂いた物を入れている。
「こうして改めて見ると、本当にありがたいな。皆も、兄ちゃんも」
「そうだよねえ。午後も、やれそうだねえ」
「では、ありがたく頂こうか。いただきます」
「いただきます」
手を合わせ、食べ始めた。
お弁当のおかげか、午後も調子よく試験が進み、無事に終わる。
暗い顔で立ち上がる者、ホッとしたような顔で伸びをする者、放心したように天井を見つめる者。
「色んな反応だな」
「うん。ソッとしておく方がいいねえ」
言いながら立ち上がり、教室を出る。
と、隣の部屋から出て来た彼に、目が行った。
別におかしなところはない。彼が幽霊だという点以外は。
「次は前期試験かあ」
言いながら、廊下を歩き出し、数歩ですうっと消える。
見ていると、横で、溜め息がした。見ると、試験の監督をしていた人だった。
「あの……見ました?」
彼はこっちを見て、霊能師バッジに目を留めると、
「ああ。あの子、3年前から毎年、本試験、前期試験、合格発表と現れるんだよ。試験当日、交通事故で亡くなったって新聞に載ってたんだけどね。受験、し続けてるんだ。心残りなんだなあ」
と気の毒そうに言う。
「あのぅ、あなたは?」
直が訊くと、彼は、
「寺の次男坊でね。何かいそうとかは思った事もあるけど、ハッキリ見えたのは、人生で2霊目だよ。だから、霊能師試験を受けるほどではないんだね」
と笑った。
「ちなみに、1霊目はどんな霊でした?」
「小学生の頃、自宅の本堂でやってた通夜の明くる朝、透けたお爺さんが、ラジオ体操した後で、スウッと棺桶に戻って行ったんだよ」
「日課だったんですね、きっと」
「そうだねえ。棺桶に戻るのがまた律儀だねえ」
「うん。その時おれもそう思ったなあ」
僕達3人は、うんうんと頷いた。
取り敢えず、試験会場を出て、家に帰る事にした。
「意外と簡単だったな。妙に落ち着いたままというか、集中できたというか。
あ!それで1点の熾烈な争いになるのか!?」
「間違ってはいないと思うけど、多分、御利益なんじゃないかねえ」
「反対に、気の毒だな、あの受験生。そう言えばそんな記事、新聞で読んだよ。割と大きな扱いだったな」
「無念だろうねえ」
などと話しながら歩いていると、神社の中から、不穏な気配がする。
鳥居をくぐって近付いてみると、1枚の絵馬の発する気だった。
有名大学の受験生なんて、苦しめ。
ついていって、邪魔してやる。
溜め息が出た。
「あっちの彼みたいなやつもいれば……」
「こっちのやつみたいに酷いのもいるねえ……」
「素直に祓うか、おしおきに返しておくか」
「帰してやったらどの程度かねえ?」
「そう大したこともないとは思うよ。悪寒、頭痛、発熱、まあ、酷い風邪みたいなもんじゃないかな」
「じゃあ、おしおきだねえ」
「そうだな」
その呪う悪意を絵馬の主に返してやると、ピシッと乾いた音を立てて、絵馬にひびが入った。
「帰ろうか」
「そうだねえ」
僕達は再び歩き出した。
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