第204話 受験(3)発表

 本試験から約1か月。豆まき、例年通りのインフルエンザの流行、バレンタイン、大寒波による大雪。それらを経て、あっという間に前期試験だ。

 神様や津山先生達からの差し入れの内、冷凍できるものは残して冷凍し、昨日の夕食に食べた。今朝は、松阪牛のサンドウィッチだ。天照大御神の神威付きという、二重の豪華さだ。

 そして、いつもより長く仏壇に向かっていた兄に見送られて家を出、直と、前期試験に臨んだ。

 やはり、事故死した受験生は来ていた。

「いたねえ」

「次は、合格発表か」

「何とかしてやりたいなあ」

 寺の次男坊という人も、腕を組んでしみじみと言う。

「成仏、させてやりましょうか。ちょっと、手を貸していただきたいんですが……」

 彼はわずかに考え、すぐに、ニヤリと笑った。

「おもしろそうだな。何をすればいい?」


 三月に入り、いよいよ、発表の日がやって来た。

 気にならない事は勿論ない。だが、無常とでもいうのだろうか。結果を観に行くだけで、今から何かできる事は何も無い。

 むしろ、今気になっているのは、例の事故死した彼の事だ。

「忘れ物はないな」

 御崎 司。頭脳明晰でスポーツも得意、クールなハンサムで、弟から見てもカッコいい、ひと回り年上の、頼れる自慢の兄である。両親が事故死してからは親代わりとして僕を育ててくれ、感謝してもしきれない。今は警視庁警備部企画課に勤務している。

 そわそわするのをいつも通りにふるまって、何でもない顔をしていた。

「うん、大丈夫」

「後は、ああ、気を付けて」

「うん、わかった。じゃあ、行って来ます」

 エントランスに出ると、直がもうついていた。

「あ、ごめん」

「いや、着いたとこだよう」

 並んで駅に向かい始めた。


 結果だけならネットでも確認できる。だが、アナログなこの発表を見に来る人は、やはり多い。マスコミも、その時の受験生の様子を撮りに来る。

 人だかりの中に、いた。

「いたな」

「予定通りだねえ」

 正午ピッタリに、合格者の受験番号を書いた紙が貼り出される。その途端、天国と地獄が繰り広げられる。悲鳴を上げて万歳する人、泣いて抱き合う人、独り静かに泣く人、淡々としている人。

 事故死した彼は、ジッと紙を見、受験票に目を落とし、もう1度紙を見ると、俯いて溜め息を漏らした。

 そしてそのまま消えて行こうとするのに、声を掛ける。

「あ、事務員さんが呼んでますよ」

「え?」

 彼が顔を上げた。

「こっちですよう」

 直と3人で事務室に行くと、端で、手筈通りにあの寺の次男坊が待っていた。

「万里小路綾人君ですね」

「はい」

 わけのわからないという顔で、彼は言われるがまま、受験票を差し出す。

「合格おめでとうございます。入学手続きの書類諸々です」

 大学名の入った封筒を差し出され、目を丸くする。

「え、ぼく……」

「おめでとう。良かったな」

「いやあ、ほんと。おめでとう」

 僕と直にも言われ、そうなのかと思ったらしい。目に涙がうっすらと浮かび、封筒に手をのばし、

「ありがとう」

と言う。

 そして、封筒を掴んだ手の先から、消えて行った。

 封筒を差し出したままの形の寺の次男坊と僕と直が残る。

「ようやく逝ったか」

 ホッとしたような色が滲む。

「解放されて良かったよねえ」

「全く。それこそ、おめでとう、だな」

「フッ。

 ところで、君達はどうだったんだ」

「見てないですよ。彼から目を離すわけにもいかなかったんで」

「今から行こうかねえ」

「そうだな。じゃあ、失礼します」

「ああ、ドキドキするねえ」

 僕と直は寺の次男坊に見送られて、事務室を後にした。

 熱狂の人だかりの中、番号を探す。

 淡々としていた僕だが、内心は、ドキドキしていない事はない。が、何と言うか、

「ええっと……あ、あったな」

「ああ、あるね」

「じゃあ、手続きして帰るか」

「そうだねえ」

で、終わった。

 ネットで合格発表を見れるのは12時半からだから、やっぱり先に言っておくかと、家に電話をかける。そして兄の声を聞いた時、ようやく、ほっとした。

「後、津山先生にも電話した方がいいかな。京香さんと徳川さんも」

「神様は、どうするかねえ?」

「ううん。結女の神から伝わるだろ。お礼と、宴会の日取りを知らせないとなあ」

「忙しいけど、楽しみだねえ」

「あ、宴会、直の小父さんと小母さんと晴ちゃんも呼べよ」

「いやあ、大丈夫かねえ……。ひっくり返るんじゃないかと……」

「そうかな?」

「うちはいいよう」

「それより、これからも一緒だな」

「うん。いやあ、よろしくだねえ」

 やっと、嬉しくなってきた。







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