第201話 クリスマスプレゼント(5)人生最高のクリスマスプレゼント
午後9時を過ぎてやっと帰って来た娘に、加奈江夫妻はオロオロと飛び出して来た。
それを横目に、拝殿の前に立つ。向こうに本殿が見え、祭壇の、強い気を放つ壺が見えた。
「あれは水神で、治水を担っていたらしい。山の鉄砲水、地滑りも入るか。
竜の姿の神と伝わっているが、大蛇だった可能性が高いらしい」
「まあ、どっちも似たようなもんだねえ。サイズが違うだけで」
罰当たりな会話を始めた僕と直に、加奈江さん親子と居合わせた親類が、目を丸くしていた。
「加奈江さん。神の形を変えます」
「はあ!?」
「贄を求める段階で、問題なんですよ。せいぜい、意思疎通の巫女程度にしておけば良かったものを。贄を取り込んで味をしめて。大人しく祀られておけばその内本当に神になれただろうに」
「何を言っているのかね」
「あれは、ただ壺に辛うじて封じられている悪霊ですよ、ほとんど。贄を喰い過ぎた」
「君らは――」
自分達そのものを否定されたと感じたのか、加奈江の人達は気色ばむ。
「先輩達が言うなら間違いないわ」
「何を根拠に――」
「彼らが、御崎 怜と町田 直だからよ」
ここに、その名前がわからない人間はいなかったようだ。
「加奈江さん。まだこれ以上、大事な家族を差し出しますか」
「――!」
「あれは言うなれば、変質した神もどきです。あれを、変えます」
「ど、どうやって……?」
「そこは、まあ」
神職相手に、あんまり、神殺しだとか神喰いだとかは言いたくない……。
察したのか、加奈江さんも、目を逸らした。
「お願いします」
母親が、頭を下げる。
「洋子さん!」
詰め寄る親族に、母親は、
「12年後はうちの下の子かしら、それとも正治さんのところかしら。その次は?ああ、恵介さんのところの春に生まれる子供になる計算ね」
ゴクリと、唾を呑む。
「もう、たくさん。例え本物の神様にだって子供を取られてたまるもんですか!」
シーンと、静まり返る。
「お願いします」
父親が頭を下げ、加奈江さんが目を丸くする。
他の親族達も、頭を下げた。
「承りました。
直、壺の封印を解くから、本殿を結界で固めてくれ」
「わかった」
「んじゃ、行くか」
拝殿に踏み込み、幣殿を過ぎ、本殿に入った。
「さあって。蛇の親玉とご対面だな」
直が結界の札をきり、壺の封印をベリッと剥がした。
醜悪、その一言に尽きた。赤く目を光らせて、チロチロと先の割れた舌を出す口からは、悪臭がする。ヒトの血肉を啜った臭いだ。
「シャアアァァ……」
どこから見ても、蛇だ。サイズは全長が10メートルほどあって大きいが。
威嚇してくるが、気配はそう、大した事は無い。右手に刀を出して、前に立つ。
「シャアア!」
口を開け、瞬発力に物を言わせて飛び掛かって来る。が、
「だから、大した事ないんだよ」
一刀の元に斬り、大蛇を掴んで取り込む。
あまり、気持ちのいいことじゃない。それを、形を変え、もう一度出す。
「あ」
竜が見たかったと思ったからだろうか。
「竜になったな」
「ええっと、まあ、いいんじゃないかねえ。尤もらしく、竜に進化した、とか」
「おお、それでいこう」
「ぴい」
手乗りサイズの白い竜は、こっちを見上げて鳴いた。
拝殿の外に出て、皆に告げる。
「進化して、竜になりました」
「おおお!」
「今は小さいですが、信仰を受けて、育っていくでしょう」
「白竜様だあ」
「今後は普通のお供えとかで十分です。まあ、普通は見えないでしょうが、本殿の奥にいつもはいます。皆さんの信仰がある限り」
「はああああ」
もういいかな。そう思ったら、竜は
「ぴい」
と鳴いて、本殿に泳ぐようにして向かいながら姿を消した。
加奈江さんは、泣いて頭を下げた。
「先輩、ありがとうございました。人生で最高の、クリスマスプレゼントです」
僕と直は、神社を後にした。
「ああ、遅くなったなあ」
「兄ちゃん、今日は宴会で良かった。晩御飯、どうしようかと困るところだったよ」
「流石にもう入らないもんねえ」
「いやあ、加奈江さん、結構食べたな」
「もう、負けでいいよ」
「僕も」
「クリスマスプレゼントかあ。ボク達、サンタクロースだねえ」
「貫禄ないけどな。
でもプレゼントか。もらってもあげても、どっちも嬉しいな。変なの」
「不思議だねえ」
僕達は、クリスマスソングを歌いながら家に向かった。
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