第194話 みかん(2)ミカンの相談室
教室に入るとみかんの匂いがした。
「あ、良い匂いだねえ」
直が、深呼吸して言った。
町田 直、幼稚園からの友人だ。要領が良くて人懐っこく、驚異の人脈を持っている。1年の夏以降、直も霊が見え、会話ができる体質になったので、本当に心強い。だが、その前から、僕の事情にも精通し、いつも無条件で助けてくれた、大切な相棒だ。霊能師としては、祓えないが、屈指の札使いであり、インコ使いでもある。
「田舎から大量に送られてきてな。食べきれなくて腐るだけだから、おすそわけ。ホイ」
前の席のヤツが、みかんが詰まった袋を持っていた。
「わ、サンキュ。はあ、いい匂い」
「ありがとねえ。落ち着くねえ、この匂い」
受け取って、席に着く。
「みかんとかグレープフルーツを剥く時の匂いは、リラックス効果があるらしいぞ。
後、筋と中の薄い皮は食物繊維が多いから、食べた方がいいって」
「俺は両方食べるな。姉ちゃんはきれいに剥いて、皮も出してたな、チマチマと」
「おれも、皮は食べるけど、筋は大体取るなあ」
「ぼくは筋は徹底的に取るな」
「乙女かよ」
意見が分かれるもんだな。
「八朔とか夏ミカンは両方食べないだろ」
「あれは固いだろ、分厚いし」
「外の皮からしてなあ。母ちゃんとか姉ちゃんは、俺とか父ちゃんに剥けって命令してくるぞ、当然の如く」
「女は爪がなあ」
「凶器みたいな爪だろ。よっぽど良く剥けそうじゃんかよ」
「そう言ったのか」
「……言えるか。恐ろしい」
一気に、覚えのあるやつらの顔が下を向く。
「子供の頃は、剥いてもらってたなあ、確か。
あれ?母ちゃん、本当は剥けるんじゃねえ?」
「深く追求するな。危険だ」
そう言えば、僕は親がいる頃から、剥いてくれたのは兄ちゃんだったなあ。甘栗も兄ちゃんが剥いてくれたし、スパゲティをフォークに巻き付けるのを教えてくれたのも兄ちゃんだった。
あれ?親が生きてる頃からだぞ。親はその間どうしてたんだっけ?
「みかんといえば、ネットで自殺相談サイトがあるの、知ってるか?そこで、『ミカン』っていう人が相談に乗ってくれるんだけどな。相談に乗ってもらった人が、ピタッとネットに来なくなるんだ」
「解決したからじゃないのかねえ?」
「いや。全てのスレから消えて、ブログもSNSも、何もかも閉鎖になるんだ」
シーンとした。
「死んだとか?」
恐る恐る、1人が訊く。
「さあ、それは確かめられないよ。でも、こんだらって名乗ってた人がそうなんだ」
「その前に、まさか、お前」
「慌てるな、御崎。俺はそうじゃない。ウチの親がカウンセラーで、ちょっと興味があって色々覗いてたら行き当たったサイトってだけだから。
いや、本当の事言うと、そうしたらこんだらってのがいて、その人、ウチの近所の人って知ってたから気になって追っかけてたら、ピタッと消えてさ。そうしたら、この前、橋の下で自殺して……」
口を尖らせて、困ったように言う。
「そのサイト、今わかるか」
「ああ」
スマホで出してきたサイトを、すぐに兄に送って、電話で経緯を説明する。
「だから、そっちの担当の人に知らせてもらえないかな、このミカンってやつ」
「わかった。知らせておく。
怜、いいか。くれぐれも」
「うん。危ない事はしない」
「よし」
それで電話を切った時、予鈴が鳴った。
彼はみかんを手に取りながら、ネットの向こうの相談者に相槌をうつ。相談室に相談を寄せて来る人間の中からこれというのを選んで、1対1の個人メールに切り替えてやり取りをするのだ。
わかるわ。つらいよね。
もう、耐えられない。こんなに私が苦しいのに、向こうは涼しい顔で。
限界だよね。
当てつけに死んでやりたいくらい。
でもあいつらの名前とかは守られるでしょ、遺書に書いても。
彼は、ほくそ笑んだ。
まあ、ネットなら拡散できるけどね。
ミカンさん、やってくれます?もしお願いしたら。
お願いは聞いてあげたいけど、遺書だと弱いし。
じゃあ、中継とか、録画なら?
彼、ミカンは、釣り餌に獲物がかかったのを感じた。
私も死にたい1人。わかった。やる。やって、死ぬわ。
ありがとう。
みかんを、剥く。
と、ギョッとして放り投げた。
「ああ、びっくりした」
みかんの皮を剥いた所が顔に見えたのだ。この前の転がった頭の。
場所とか日時とか方法とか、また相談しよ。
本当にありがとう、ミカンさん。恩人だね。
ミカンは、嗤って言った。
「恩人はそっちだよ。またコレクションが増える。
さあ。次はどういうのを勧めるかなあ」
ミカンは鼻歌を歌いながら、この前の自殺映像を再生し始めた。
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