第184話 奇蹟(3)神、再臨

 スカートがこんなにスースーするなんて、知らなかったし、知らなくても良かった。

「くそっ。これで食いついて来なかったら、恥をかいただけじゃないか。来い。死んでも襲って来い」

 ブツブツと、呪詛のように呟く。

「クククッ。似合ってますよ」

「嬉しくないです」

 僕は、前を歩く警備部のSPをジロリと睨んだ。

 宮家の血を引く女性を、かなりの範囲まで集めて警護することとなり、続々と、秘密裏に、集められた。勿論、移送途中も移送後も、完全にガードされている。

 そこで、オトリを放つのだ。霊力が明らかに高く、まだ完全な警護下に入っていない、宮家に連なる人間を。

 とは言え、本物にそんなまねはさせられないし、そう都合のいい人物もいない。また、女性協会員で1番霊力が高いのが拉致された彼女だったので、それ以下では食いついては来ないだろう。

 という事で、僕にお鉢が回って来たのである。

 無理だとは言い張った。が、支部長とロイに頭を下げられ、負けてしまったのだ。

 わざとバチカンに、宮家の血筋の隠し子がいて、高校生の女の子だが、十分霊能師ができそうなほどに霊力がある、とリークもした。

 上司のシンプソン大司教にも、オトリだとは言ってない。その報告が盗聴でもされていたら、バレるからだ。

「くそっ。早く来い」

「ああ、怜君。女の子が行儀悪いよ」

 隣の水口さんが、片手で笑いを隠して言う。

 兄の上司だ。兄の代わりに同行を申し出、無傷のまま犯人のアジトに僕が連れ込まれるようにコントロールし、しっかりと後を尾ける係だ。

「怜君、抵抗はしないでくれ。必ず助けに行くから」

「はあ。まあ、男だとばれたら用済みですから、そっちの方が心配ですけどね。

 それにしても、作戦とは言え、よく、隠し子がいるなんて設定に名前を貸してくれましたね」

「ジョークのわかる人なんだよ」

 絶対に、ばらすわけには行かないな。面白いデマはすぐに拡散するからな。

 思っているうちに、「留学先から帰って来た隠し子のお嬢さん」は、空港玄関に到着する。

 車がそこで待っていて、SPが辺りを警戒しながら立っており、スーツケース、土産物が入っているという設定のカバン、バカでかいぬいぐるみを入れた紙袋を、わざとモタモタと、苦労しながらトランクに入れる。

 来い、今だ、チャンスだぞ!

 全員が、心の中で応援(?)したのが通じたのかどうか、通りかかったワゴン車から缶が放り出され、次の瞬間にはもくもくと吐き出された煙で辺りの視界はゼロになった。

 皆、内心でガッツポーズをしたはずだ。僕も、小躍りしたいのと止まらない涙をこらえて、引きずり込まれるままにワゴン車に乗った。

 

 すぐに目隠しをされ、両手首を拘束される。流石に気の毒に思ったのか、鼻は拭いてくれた。

 どのくらい車で移動したのか、やがて車は止まり、スライドドアの開く音がして、外に出される。肩を掴まれたまましばらく歩き、どこかの部屋に入ったらしいと思ったところで、目隠しが外された。

 廃ビルか建設中のビルだろうか。壁、床、天井はコンクリートで、窓にはガラスも入ってない。そして床の上には陣が書いてあり、その周りに、赤黒い肉塊を入れたガラスビンや、古そうな布、槍などが配置してある。これが心臓と聖遺物だろう。

 陣は、この前女性霊能師が保護された現場の写真で見た通りのものだ。

 そこにいたのは、男ばかり6人。

「ここへ」

 陣の真ん中へ、やられる。

 どうせ何も起こらないから、術を見てみたい気もするが、どうしよう。そう少し迷ったが、予定通り、直につなげたパスで知らせる。

 途端に、四方から呪力が押し寄せて部屋を囲い込み、僕は陣から退いた。

「何だ!?」

「構うな!やってしまえ!」

 犯人達は慌てたが、リーダーらしき人物が言って、術を行う事を優先したらしい。

「残念。僕、男なんで」

「え!?まさか、罠だったのか!」

「汚いぞ!」

「あんた達に言われたくない」

 言い返した時、中の1人がブツブツと何か言っていたのが終わり、澱んだ気配が湧き上がった。陣の中心から、黒いものが出て来る。デーモンとか言っているから、悪魔なのか。

「へえ。悪魔って初めて見るなあ――って、単なる悪い霊か。なあんだ」

 ガッカリだ。もっと凄いのを想像したのに。両手を拘束されたままで、浄力を放って祓う。

 へ?という顔で、6人がこっちを見ていた。

「ならば、お前を器にする。予定変更だ」

 リーダーが、近付いて来る足音に焦ったのか変更を告げ、2人は僕を陣の中央に押さえつけ、もう1人との4人で、陣を四方から囲む一に着く。残る2人は、ドアの外で迎撃の構えだ。

「おい、こら」

 必死なせいか、男だとわかって遠慮がなくなったのか、凄い力で抑えて来る。

 足音と派手な物音がする中でリーダーの声が続く。

 大きな気配が近付いて来て、ちょっとまずいかと流石に冷や汗が出始めた。

「怜!」

 飛び込んできた兄の顔を見たすぐあと、それは現れた。イエス・キリスト。





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