第182話 奇蹟(1)愛想のいいマフィアと仏頂面のアイドル

 国際線到着ロビーで、僕と直は、その2人を待っていた。バチカンの神父、エドモンドとロイだ。

「行き違いになってないかなあ」

 御崎みさき れん、高校3年生だ。高校入学直前に、突然、霊が見え、会話ができる体質になった上、夏には神殺し、秋には神喰い、冬には神生みという新体質までもが加わった、霊能師である。面倒臭い事はなるべく避け、安全な毎日を送りたいのに、春の体質変化以来、危ない、どうかすれば死にそうな目に、何度も遭っている。

「あの格好なら目立つし、大丈夫だよう」

 町田 直、幼稚園からの友人だ。要領が良くて人懐っこく、驚異の人脈を持っている。1年の夏以降、直も霊が見え、会話ができる体質になったので、本当に心強い。だが、その前から、僕の事情にも精通し、いつも無条件で助けてくれた、大切な相棒だ。霊能師としては、祓えないが、屈指の札使いであり、インコ使いでもある。

「それもそうだな」

 あの黒い神父服は、かなり目立つ。わからないとは思えない。

 さっき1学期の期末試験が終わったばかりなのだが、急な話で、学校から制服のまま空港へ直行するのが精一杯だったのだ。

 明日からの試験休み、大学受験に向けて勉強しようと思っていたのに、大丈夫だろうか。

 そう思っていたら、視界の隅に何かが引っかかって、そちらへ顔を向けた。

 マフィアの幹部みたいなスーツ姿の背の高い男と、フワフワの金髪巻き毛のアイドルみたいな青年が、2人並んで近付いて来ていた。

「直……あれだよな」

「そうだと思うんだけどねえ、怜……」

「何があった?」

 愛層のいいマフィアと仏頂面のアイドルがこちらに一直線に近付いて来るのを、僕達は呆然と見つめた。


 受験生にとって夏休みは――というのはわかっているが、それでも、今日の試験が終わったら試験休みで、夏休みかと思うと、やはりどこかホッとする。

「終わった、終わった」

「お腹空いたあ。怜、お昼はどうする?」

「ああ、決めてないな。どこかで食べて帰るか。直は?」

「一緒で。ボクも適当にしてくれって言われてるから」

「じゃあ、行くか」

 並んで玄関を出たところで、見澄ましたように電話が着信を知らせて震えた。

 皆は校内では電源を切って置く事が決まりだが、僕と直は、いつ緊急の知らせが入るかも知れないからと、バイブで電源を入れておくことが許可されている。むしろ、学校側から、入れておけと言われている。学校にいるのがわかっていてもかけてくるような緊急事態なら、それはきっと本物の緊急事態に違いない、と。

 それでも急ぎ足で校門の外へ向かいながら、電話に出る。

「ああ、すまん。今は大丈夫か」

 協会の関東支部長だった。

「はい。今、試験が終わったところです」

「そうか。では悪いが、町田君と一緒に、すぐに成田へ行ってくれ。12時20分にイタリアから到着するロイ神父とエドモンド神父を迎えに行って欲しい。詳細は2人に聞いてくれ。こちらからは、また夜にでも連絡する」

「わかりました」

 何かわからないが、とにかく成田だ。

 僕と直は急いでその足で成田へ向かい、到着ロビーで2人を待ったのである。


「その格好は、一体……?」

「しーっ。変装です。目立たないように」

「いや、もの凄く目立ってるねえ」

 そうなのだ。マフィアとアイドルのコンビは、先程からかなり人目を集めている。

「そういう事なら、まず移動しましょう」

 そそくさと2人を連れてタクシーに乗り、こんな時用に協会が持っている秘密の家に2人を連れて行く。結界も張ってあるし、安全な部屋だ。

 ただ、それがなぜ我が家の隣の隣なのかは、そこを購入した係の人間に訊いてみたい。

「ここが日本の一般住宅か。天井からいつくのいちが出て来るんだ?」

 エドモンドがキョロキョロして言う。

「くのいちは出ないよ、エドモンド」

「そうですよ。壁と畳が回るくらいですよね」

「いや、回らないから。それ、忍者屋敷だから」

「バチカンでは、日本の家がどう思われているんだろうねえ。知りたいような知りたくないような……」

 直は苦笑しながらクーラーをつけに行き、僕はキッチンへ行った。水道、ガス、冷蔵庫のスイッチも入っているし、レンジも使える。

「で、どうしたんですか」

「うむ。実は」

 グウウウ……。

 誰かのお腹が鳴った。と、残り3人も、空腹を思い出したかのように鳴り出した。

「……お腹が空いた。もう10時間食べてない」

「僕達もお昼はまだだから、何か作りましょうか」

 乾麺、缶詰、レトルト食品が置いてあったので、使う事にする。

 とは言え、野菜類などは全くない。乾燥マッシュポテトくらいだ。コンビーフと混ぜてサラダにしよう。後は、イワシのかば焼きの缶詰でスパゲティ。生の小口切りのネギをパラパラとかけたいところなのだが、乾燥ねぎだ。しかたがない。それに、カップスープでいいか。

 手早く作って、持って行く。

「後で買い物に行かないといけませんね。何にもありませんから」

 ロイとエドモンドが祈りを捧げ終わるのを待って、いただきますと手を合わせる。

「美味しいです。この魚は照り焼き?煮物?」

「かば焼きです。網で焼いてから、タレをかけて焼くのを何度か繰り返すんですよ。

 これはいわしですけど、うなぎとかさんまとかでもやりますよ」

「へええ。ポテトサラダも、たくさん作ってサンドウィッチにしたいな」

「ああ。買い物の時にパンも買ってきますよ。後、コロッケもいいですよ」

「コロッケかあ。あつあつのやつを、こう」

「ワインも欲しい」

 買い物リストができていく。

「さて」

 食べ終わり、食器を片付けたところで、和やかな表情をひきしめた。

「何があったんです?変装して来なければいけないほどの」

「これは重大な極秘任務なんだ。主を受肉させて復活させようなどと考える輩が、必要な色々を集めて事件を起こしていたんだ。猟奇事件、盗難としか考えられていなかったんだが、偶然見つかったメモからわかってね。

 そして最後のピースであり、最も国際問題にもなりうる大変なものを手に入れる為に、やつらは日本に潜入しているはずで、それを阻止し、盗まれたものを取り戻すのが我々の使命なんだ。

 日にちや来日方法を変えて、仲間も日本に来る予定だ」

「主を受肉させるって、イエス・キリストに人間の肉体を持たせるって事ですよね。反魂?

 それも気になるけど、国際問題になりそうな大切な物ってのも気になる」

「それは、主を生み出す母体となる女性。天皇家の血筋の女性だ」

 驚き過ぎて、声も出なかった。







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