第181話 修学旅行(3)京都
八坂神社や清水寺、太秦映画村など、自由行動なので、各人は思い思いに観光を楽しんでいる。
僕と直は京都市立博物館にいたが、見学ではない。仕事だ。京都は前に観光させてもらったのもあるし、どうせこっちに来るならと、津山先生に頼まれたのだ。
津山源堂、霊能師協会を代表する重鎮であり、僕の、師匠の師匠に当たる。
「見事なものですねえ」
古いが趣のある掛け軸を白手袋をした手で広げて言う直に、壮年の学芸員が嬉しそうに答えた。
「そうでしょう。これだけ保存状態のいいのが現存するとは」
ああ、意味が違うと思うな。僕と直が言う「見事」は、掛け軸に憑いたオニの執着っぷりにであって、そういう芸術的、学術的なものではない。第一、わからない。直も困ったように、眉をハの字にして半笑いになっていた。
近頃、オニ憑きのものがやたらと発見されているらしく、博物館、美術館、骨董店、個人蒐集家のところに総出で回っているらしい。先生に頼まれたのは、ここにあるものの「鑑定」と浄化だ。
壺や花器や食器などを片っ端から見て回り、「当たり」のものはまとめておいて、後で祓う事にしている。
「ん?」
箱を手にした僕は、違和感を感じた。憑いているにはいるのだろうが、これは、何だろう。
いや、そもそも、憑いているというよりは、封じられているという方が正しいのだろうか?
「怜、どうかしたのかねえ?」
「これ、何かを封じてあるみたいなんだけど、霊とかオニとかじゃないような……知らない感じ?」
「何だろうねえ?どうしよう。開けてみる?」
「大丈夫かな……まあ、何とかなるかな。いざって時は、斬る」
学芸員が1歩また1歩と下がって行くが、気にしない。別室を借りて、そこでこれ1つだけを開けてみる事にした。
直が札を準備してスタンバイし、学芸員が壁にへばりついて見守る中、ベリツと古い札をはがして蓋を開ける。
神威に似た別物が、飛び出してきた。
「くそう。俺としたことが」
それは呟いて、やっと僕達に気付いたように、こっちを見た。
「人の子か?それにしては……」
背は高い。そして、目付き、雰囲気、共に鋭い。
「僕は人間ですけどね。そちらは?霊とも神とも違うようだし」
「ああ。これならわかるか」
次の瞬間、炎をまとい、羽を生やしたヘビがいた。
「UMAだ!?」
「写真、写真!」
見た事の無い生物に僕も直も急いで写真をとジタバタしていると、ポンと最初の人の姿になった。
「あれ?」
そして、短く嘆息した。
「十二天将の一人、騰蛇だ。意外と知られていないのだな。いや、随分と時間が経ったようだ。忘れられたのか」
「ああ。お名前は有名です。でも、姿がピンときませんでした。失礼しました。
あの、十二、天将?神将でなく?」
「我らは神ではないからな」
あれ?驚いている僕の横で、直がスマホを操作してそれを探し出した。
「あ、本当だよう。精霊に近いって。あと、神将、天将、どちらも記述があって、今では神将という人が多いみたいだねえ。それと、陰陽道の十二神将と仏教の十二神将は別物だって」
「へえ。知らなかった。十二神将って、本とかアニメとかゲームでしか聞いた事が無かったからな」
「だよねえ」
騰蛇は少し情け無さそうに眉を下げ、それからしげしげと僕達を見、辺りを見廻した。
「思ったよりも、世間は変わっているようだな。ちょっと失敗して箱に封じられてしまっていたが、くそっ。
改めて、礼に伺う。今は、確認が先だ。では」
言うだけ言って、消えた。
後は、呆然とした僕と直と学芸員が残されただけ――学芸員が失神していた!
「あ!大丈夫ですか!?」
「ショックが強かったんだねえ」
「もう、京都でも面倒臭いの!?」
修学旅行って、こんなのだったかな……。
京都での宿泊先になっているホテルは、北野天満宮に近く、周りに観光スポットがたくさんある。明日の朝は全員で北野天満宮に行き、それから帰る事になっている。まあ、受験のお参りを皆でしておけ、ということなのだろうか。
あちこちで、各々買って来たお土産や行って来たところのパンフレットを見せ合う光景が繰り広げられていた。
エリカとユキは、他の女子達と一緒に、深泥池や小野篁の出入りした井戸やらの怪奇スポットの他、太秦映画村に行って来たらしい。
「ほら、貸衣装で撮ったの」
姫の姿をしたエリカとユキがカメラに写っていた。
「へえ。お姫様かあ」
「なかなか似合うねえ」
「えへへ。2人も来れれば良かったのにね。お殿様とか侍とか新選組とかの衣装もあったのに」
「そっちはどうでしたか?」
「ああ、これ」
直が出したスマホを覗き込む2人は、大声を上げた。
「UMA!?」
「そう思うよなあ。誰も知らないよな、これが騰蛇だなんて」
「だよねえ。昔は常識だったとしてもねえ」
「騰蛇!?」
「どうしてまた」
絶句する2人に軽く説明したところで、エレベーターが止まったので廊下に出る。
そこで女子が数人、土産物を見せ合っていた。
「これ、どう?質屋で買ったの」
1人が紙袋から、赤い塗りの手鏡を取り出す。途端に、嫌な気配がにじみ出した。
「かわいい!」
「アンティークな感じがいいわねえ」
口々に言いながら、鏡を覗き込む。そのうちに、
「あ、何か……貧血?」
と声を上げ、鏡を取り落として座り込む。
鏡は厚い絨毯のせいで割れることもなく転がっていたが、そこから、何かが出てこようとしていた。小さいが、オニだった。今日さんざん見たのと同じやつだ。鏡を覗き込んだ人間の生気を吸い取っているらしい。
不審なオニだ。やたらといるのだが、軽く生気を吸うくらいで、決定的に何かをするわけでもない。これが今、たくさんいるらしい。誰かが放っているように。
「黒幕がいるなら案内してもらおう」
言って、オニを片手で掴み、入り込む。パスを辿り、向こうを覗く。
「見えた」
オニを放り出して、斬って消す。
「人為的なもの?」
「ああ。何か男がいたぞ。顔と場所はわかった。今なら返しで、動けないみたいだ。先生に連絡して押さえてもらおう」
言いながら、津山先生に電話をかけて、その場所を通報した。
「一斉にオニを祓ったからねえ。で、何が目的なんだろう?」
「そこまではなあ」
幸い、彼女達は軽い貧血程度で、どうという事はないようだ。手鏡も、今は、普通に綺麗な手鏡だ。
「大丈夫だから。ね、部屋で休みましょう」
エリカとユキが、彼女達を部屋へ送って行く。
振り返ったエリカの目は、「後で聞くから」と言っていた……。
その夜、津山先生のところの内弟子さんが来て、教えてくれた。協会が急行して踏み込むと、衰弱した陰陽師を自称する男が逃げようとしており、拘束して事情を訊いたところ、京都各所にオニを放った事を認めたらしい。何でも、封じられている十二神将を探させるのが目的で、それを見つけて封を解いて配下に置けば、陰陽師として有名になれると思ったらしい。
「だからってなあ……ん?」
「あれえ?」
僕と直は、顔を見合わせた。
「もしかして」
「やっちゃったかねえ」
途端に、内弟子さんがピクリと警戒する。
「何を――いや、聞きたくない」
「あの、京都市立博物館でね」
「あーあーあー」
「……子供じゃないんですから……」
「これだねえ」
直がUMA改め騰蛇の写真を見せた。
「……ああ……」
一言呻くように言って、彼は項垂れた。
翌日、北野天満宮へ参ってから、一路、東京へ戻る。
旅行中に起こった色々は、イベント中に起こったレアイベント的な感じで、他の生徒に影響も無さそうだ。むしろ、喜んでいるのが多い。
3泊4日の割に、色々あったな。でも、今日はもう、何も起こらないだろう。明日は和歌山から送った海産物が届くし、奈良土産と京都土産はここにあるし、早くお土産を兄ちゃんに渡そう。
「ああ。今晩は鶏の柚子胡椒焼きと大根サラダだったな。兄ちゃん、お腹空かせてないかなあ」
直と別れ、エレベーターに乗り、家のドアを開ける。
「ただいまあ」
言いながら、リビングへ行き、荷物を取り落とした。
「なっ、なななな――!?」
どういう事だ!?リビングになぜこんなに人がぎっしりと!?いや、人は僕と兄の2人だけで、後は――。
「よお、遅かったな。先にやってるぞ」
グラスを掲げるのは、パンツスーツの天照大御神。
「人間は大変だな」
革ジャンとジーンズの騰蛇に、後の知らない11人は、もしかしなくても。
「12人、見つけたぞ。いやあ、最初は各方位に安置してあったらしいんだが、戦争や工事や災害でずれまくっててな。驚いた」
いや、驚いてるのは僕だ。
「兄ちゃん?」
兄は、冷蔵庫からビールを出してきて、苦笑した。
「お帰り。突然現れて驚いたけど、まあ、な。
楽しかったか?」
「……半分、面倒臭かった」
眩暈がしそうだった……。
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