第177話 黒いもの(3)貪り食うもの

 放課後、部室に1年生達を呼んで、昼休みの続きの話を聞いていたのだが……。

 皆で、言葉も無く頭を抱える思いだった。どうしてそういう話が広まったのか――しかも、他校にまで。心霊研究部に入るには、何かそれなりの資質を示し、合格した者だけが入れる、などと。

「しかも、心霊エリートって何」

「もしかして、霊能師協会の下請けとか、予備校とか思われてるんでしょうか」

 ユキが訊くと、一年生達は頷いて、

「そうですねえ。銀河英雄伝説で、主人公の活躍からマイナーだった戦史課が有名になって、志望者が増えたって事になってますよね」

「ああ、あの小説。面白かったな――え、あの扱いなのか?」

「はい」

「それは言い過ぎだろう?」

 呆れ果てていると、楓太郎はにこにことして、

「とりあえずウチでは、先輩達は神様くらいの扱いですし、心霊研究部はそういう感じですよ」

と、とんでもないことを言い出す。

「は!?」

「自分も多かれ少なかれ、そうですね。神様はともかく」

「おい、宗まで……」

「それに1年の時の文化祭でもアレだし。毒蜂とか、結構そういう感じで見られてるわよ」

 エリカがふんぞり返って言う。

「試験があると思われているとは初耳でしたけど」

 ユキが控えめに付け加えた。

「うちもね、先生の言う事より、先輩の言う事は聞いておけって、両親共が。ね」

 斎藤姉妹までもが言い出した。

 何でこうなった?

「まあ、人助けの結果だねえ。

 それはともかく、心霊エリートとか、入部テストとかはデマだからねえ」

 心霊エリートなら、エリカはどうなる。

 気を取り直して、訊く。

「で、何をやらかした」

 1年生達の顔色が悪くなった。それでも中の1人が、代表して答えた。

「この4人で降霊術を放課後にやったんです。でも、突然、霊を移す予定だった人形が燃えて、黒いものがさあっとどこかに逃げて……」

「で、女子更衣室で黒いものが目撃されたり、池の鯉が喰われたりしたんだねえ」

 直の問いに、

「はい」

と頷いて、項垂れる。

 はあ。放っておくわけにもいかないな。

「降霊術って、具体的にどうやったのか聞かせてもらおうか」

「はい」


 顧問経由で、夜間、校舎に残る許可を取る。

 聞いたところによると、ネットで調べたあれやこれやを継ぎ接ぎにして降霊術をおこなったらしく、これで霊が現れたのは偶然に近いと課長に言われた。

 そう言うと、1年生達はガックリと項垂れていた。

「まあ、正しくして、とんでもないものを呼び出されるより良かったよ。ね」

 直はそう慰め、視線を戻した。

 更衣室、池、降霊術を行った屋上手前の人気の無い階段踊り場。この3カ所を回っている途中だ。今の所、気配は無い。

 まあ、今晩、出て来るかどうかはわからない。もしかしたら、何日かかかるかも知れない。

「へえ。この踊り場、女子更衣室の真上か」

「それで、通り道になったのかねえ」

 直と言いながら、踊り場の次に行こうと踵を返したその時、背後から、冷たい気配が吹き付けて来た。

「あれか」

 空中に亀裂のようなものが生じ、そこから、出ようとするものがいる。

 が、亀裂が小さくて出て来られないようだ。

「ここを通れるサイズのやつだけがこっちに来たのか」

「大した大きさじゃないねえ」

「ああ。塞いでおこう。直」

「OK」

 直は札にさらさらと指を走らせて、放った。それはピタリと亀裂に張り付き、塞いで、見えなくなった。

 ホッと胸を撫で下ろす1年生達だが、もう既に出て来ているものを片付けないと、終わらない。

「さて。次はどこかねえ」

「味をしめた、池かな」

 僕達は中庭に向かった。

 1年生達を同行させたのは、自分達のした事の顛末を見せる事で、少し脅しておこうかと思ったのも無い事は無い。

 だが、事態は予想以上に進行していた。

「何だ、あれ」

「レッサーパンダ?アライグマ?」

「タヌキじゃないかねえ」

 大狸が池のほとりで実体化して、鯉を貪り食っていた。




 



 


 

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