第176話 黒いもの(2)初めての女子更衣室
3年生のクラス分けは、進路希望で決まる。国立文系の僕と直は同じ3組になった。出席番号のせいで、席も前後だ。
それで一緒に登校して教室に入ったら、女子達が待ち構えていた。
「来た!」
「女子更衣室に出たの」
「チカンか?」
「違う!」
「覗きかねえ?」
「違う!幽霊よ!」
「ああ、幽霊……幽霊?」
「だから来て!」
「え、女子更衣室にか!?」
「そうよ。出たのは女子更衣室なんだから」
「いやいやいや。今、誰か使ってるだろう、時間的に。朝練とか、1時間目が体育のクラスとか」
「背に腹は代えられないのよ」
「待て、落ち着け」
「御崎、町田。俺も助手を務めよう。さあ!女子更衣室へ!」
「あんた達はいいのよ。嫌らしいわねえ、覗こうとするなんて。警察に突き出すわよ」
「御崎と町田はいいのか!?」
「いいのよ。医者と、お医者さんゴッコの違いよ」
「御崎君はこの通り表情も変えてない、プロだわ。それに比べて、あんた達。鼻血はやめてよね、最っ低」
女子は容赦がない。だが、女子。僕は表情に出難いだけで、ドキドキはするんだが……。
しかし僕と直は、女子達に有無を言わさぬように女子更衣室へ連行されるように連れて行かれた。役得というより、何か、怖い。
入った事の無い女子更衣室へ入ると、何てことはない。中は男子更衣室と対称の造りになっているだけだった。
そして、ある一角がポッカリと空けられている。
「ここか」
これといって、感じるものはない。
「黒い何かがここにいて、スッと消えたの。他のクラスの時も、同じ様な事があったって」
「たまたまここを通ったんだろうな。ここに居付いてるとかいうのではないよ」
「そうだねえ。通り道だっただけだねえ」
「じゃあ放っておいても大丈夫なの?」
「何もしなければ、向こうも何もしてこないだろうな」
「そう」
安心半分、ガッカリ半分で、女子達は納得した。
教室へ戻ろうとしたところで、別の人だかりを発見する。
「おい、直」
「うん。だねえ」
気配の残滓が、こちらにはあった。
人だかりの中、中庭の池のヘリに近付く。
「うわあ」
鯉が食い散らかされていた。体長40センチくらいのが2匹死んでいる。
「イタチとかハクビシンとかアライグマとかかな」
「可哀そう」
ひそひそ言い合っていると、網を持って来た事務員さんが、鯉の残骸を掬いに来た。
「授業が始まるぞ。教室へ行けよー」
一緒に来た教師が言って、生徒達を中庭から追い立てる。
中庭をグルリと見廻していると、昨日見た4人グループが、心なしか青い顔で、鯉を見ながらコソコソと話しているのが見えた。
気になる。
どこのクラスでも、池の鯉が食い荒らされていたのは話題らしい。おかげで、女子更衣室の件は下火になりつつあり、男子達から、余計な恨みを買う心配はなくなった。
昼休みに部室に行くと、2年生のクラスでも、似たようなものらしい。
さて。弁当箱の蓋を開ける。いんげんのおかか和え、鮭の塩焼き、高野と人参の煮物、れんこんとこんにゃくとごぼうと人参のきんぴら、なんきんのミンチ包み、豆ごはん。なんきんのミンチ包みは、ミンチを甘辛く味付けしたものを蒸して潰したなんきんで包んだもので、家でならこれにあんをかける。
「怜君、その内、お弁当交換しない。全面的に」
「ああーっ、ぼくもぼくも!」
「じゃあ私も!」
「いっそ、ここで作るか、怜」
「そんな時間も器具もないだろ」
食後のお茶を飲んで騒いでいると、ドアがノックされた。
「どうぞ」
ユキの声に入って来たのは、例の4人組だった。が、叱られに来た、という顔をしている。
「あの、私達、失敗してしまって、その」
「まあ、落ち着いて。
座って。お茶でもどうぞ」
直が柔らかく勧め、ユキがお茶を淹れる。
「私達、入部希望なんです。それで、4人で相談して降霊術にしようと」
「待って。そのつながりがわからないんだけど」
僕達にはサッパリだが、そんな僕達に、彼らがキョトンとしている。
あれか。これは、ジェネレーションギャップか?
「入部希望だからですけど?」
「は?」
「え?」
「……?」
会話が噛み合わないまま沈黙が落ちる。
「入部希望と降霊術に、何の関係があるんだ?」
「あ……怜先輩。もしかしたら」
留夏が、ハッとしたように声をあげる。
「別の学校の友達に言われたんですよ。紫明園の心霊研究部に入るのに、試験があるんだろうって」
僕達3年生組は、首を傾けた。
「何の事だ?ゆっくりしたり内密の話をするのに都合がいいから部室が欲しかっただけで、緩い部活だぞ?」
「まあ、エリカは念願の部活で、熱心だったけどねえ」
「試験はありませんよ?」
「それ、どこかよその話でしょ?」
それに驚いたのは1年生だ。
「え!?無いんですか!?」
「何かそれなりのものを示さないと、心霊エリート養成所には入れないって!」
一斉にお茶を吹き出す。
「はあ!?」
どこまでも話がかみ合わないまま、昼休み終了の予鈴が鳴った。
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