第175話 黒いもの(1)デマと入部希望者
放課後。人知れず集まったその4人は、神妙な面持ちでそれの準備をしていた。いわゆる、降霊術である。
「始めるぞ」
「待って。手順をもう一度確認しておきたい」
言いながら、ネットから書き写して来たメモを、ブツブツと言いながら読む。
「何としても成功させて、入部を認めてもらおう」
「あなたに負担がかかるかもだけど」
「大丈夫。あんなエリートクラブに入れるなら、少々の事は平気よ」
「よし。じゃあ、そろそろ行くぞ」
ゴクリと唾を呑み込んで、4人は各々頷いた。
人形を真ん中にしてその四方を4人で囲む。足元には、調べて来た魔法陣が書いてある。見る者が見れば、チグハグなだけでなく危険でしかないのでやめろと言うに違いないのだが、やっている当人達は、大真面目だ。
やがてそこに異質な気配が生じる。
これで真ん中の人形に霊が降りるか、と思った時、いきなり人形が燃え上がり、4人は驚いて腰が引けた。そして4人の目の前で、その気配は黒い影となり、その場からどこかに素早く走り去った。
「……まずいんじゃない?」
「……どうしよう」
途方に暮れた4人は、燃え尽きて炭と化した人形を見つめていた。
部室で、おやつを囲んでいた。今日のおやつは、饅頭。京香さんの結婚式に行った時の、お土産だ。
「村は、何て言うのかな。横溝正史の小説の舞台みたいな感じのところだったな」
#御崎 怜__みさき れん__#、高校3年生。高校入学直前、突然、霊が見え、会話ができる体質になった上、夏には神殺し、秋には神喰い、冬には神生みという新体質までもが加わった、霊能師である。面倒臭い事はなるべく避け、安全な毎日を送りたいのに、春の体質変化以来、危ない、どうかすれば死にそうな目に、何度も遭っている。
「とにかく遠くて、時間がかかって大変だったよねえ」
町田 直、幼稚園からの友人だ。要領が良くて人懐っこく、驚異の人脈を持っている。一年の夏以降、直も、霊が見え、会話ができる体質になったので、本当に心強い。だがその前から、僕の事情にも精通し、いつも無条件で助けてくれた、大切な相棒だ。霊能師としては、祓えないが、屈指の札使いであり、インコ使いでもある。
「あの京香さんが、結婚かあ」
遠い目をするのが、立花エリカ。オカルト大好きな心霊研究部部長だ。霊感ゼロだが、幽霊が見たい、心霊写真が撮りたいと、心から日々願っている。
「いいなあ」
うっとりとするのは、天野優希。お菓子作りが趣味の、大人しい女子だ。
この4人が部の3年生で、もうすぐクラブも引退だ。お弁当は食べに来るけど。
「顧問の辻本先生のお姉さんで、先輩の師匠ですよね」
高槻楓太郎。入学式前に事故に遭い、学校行きたさに生霊となって通学してきた後輩だ。マメシバのような雰囲気の小柄な男子だ。
「豪快な方だとか」
水無瀬宗。カメラマン志望だが、札が無ければ高確率で心霊写真になってしまうという体質の後輩だ。頼りがいがあり、無口でガタイがいい、心優しい男である。
「姉御って感じですか。カッコいい」
「まあ、挨拶しに行ってもいいけど」
斎藤姉妹。親の再婚で姉妹になった2人で、姉の留夏はややツンデレ、妹の梨那は心霊ものが大好きで、仲はいい。
この4人が2年生で、この8人が、現在の心霊研究部員だ。
「あの京香さんがお母さんだもんな。時間は流れるんだなあ」
「そうだねえ。変わって行くんだよねえ」
しみじみと言いながら、饅頭をぱくつく。
と、そこでエリカが思い出したように言った。
「私達もそろそろ引退じゃない。昼ご飯はここに食べに来ると思うけど。
で、新部長だけど、宗でいいかしら。楓太郎は裏で他の部と上手く談合する係とでもいうのかしら。それができそうだから、お願いしたいんだけど」
「直先輩みたいな係ですね。責任重大だけど、ぼく、がんばります!」
にこにこと言う楓太郎の横で、宗は何か言いそうにしてはやめ、その内、
「わかりました。がんばってみます」
と、諦めたように言った。
「そうだ。1年生で、入部希望者がいるんですが」
「後はもう任せるわよ。ねえ」
「困った事があれば相談には乗るけど、ボクらは引退だからねえ」
「わかりました。でも、合宿はどうしましょう。自分達だけでは、乗り切れません」
言ってうつむく宗と固まる楓太郎に、斎藤姉妹は何事かと怪訝な顔をする。
「あれは結果そうなっただけであって、普通にレジャーでいいんだぞ」
「普通、命がけの合宿なんて許可は下りないからねえ」
僕と直が言うが、
「まあ、いい思い出になりましたけど」
「私的には、またやりたいわ」
「ぼくも、いい経験になりました!」
「自分も、勉強させてもらいました」
「いや、たまたまだからな。修行合宿ではなかったんだからな?」
でも、なぜだろう。皆「わかってるって。何も言うな」的ないい笑顔を浮かべている。
わかってないだろう、絶対。
どことなく不安を感じながらも、そろそろ帰るかと部室を出る。
「あ、あの子達ですよ、先輩」
中庭の端で、やけに思いつめたような顔をしてひそひそと相談しているグループがいた。目が合うと、困ったような、迷うような、すがるような、そんな目をして黙礼し、立ち去った。
「何かしら、この不安は」
「きっと、あれだねえ」
「面倒臭い事になる予感がする」
「ああ、それだわ。ふふふ、面白そうだわ」
僕達3年生の経験に基づくセリフに、2年生はたじろいでいた。
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