第171話 はないちもんめ(2)横溝正史の家

 玄関には、長男夫婦が出迎えに出て来てくれていた。

 康二さんはこの康一さんと2人兄弟らしく、優しそうな雰囲気といい、見かけといい、本当によく似ていた。奥さんの奈津さんは、明るい美人ではあったが、どことなく顔色が良くない。ついでに、雑霊が憑いていたのでソッと祓っておいた。これでましになればいいが……。

 2人の案内で、まずは客間に向かっている。

 時間が時間なので、お互い食事は済ませてあるし、挨拶は明日にしようということらしい。どうしてもこの到着時間なので、これが普通らしい。

 家自体は、どこも古いが、掃除は行き届いている。広いのに大変そうだと、僕は密かに同情した。

 気になったのは、どことなく暗いという点だ。夜だからだろうか。それと、あちこちから、古い霊に覗かれている気配がする。

 問題がありそうなのは、渡り廊下の向こうだろうか。

 でも、「霊がいるので祓わせて下さい」とも言えない。明日「探検」させてもらって、こっそりと祓ってしまおうか。

 色々と頭の中で予定を立てているうちに客間に着き、荷物を下ろす。僕、直、先生で、同じ部屋だ。隣が京香さんだ。

 風呂場、トイレ、居間の位置だけを取り敢えず教えてくれ、

「まあ、疲れたでしょう。とにかく、もうゆっくりと休んで下さい」

と、康一さんと奈津さんは自室に下がって行った。康二さんも、

「風呂に行こうか。男女別で、5人ずつくらい入れるよ」

と言う。

 どんな風呂だ。それ、一般家庭用じゃないだろ。

 ワクワクしながら行った風呂場は、一般家庭(大)という感じだった。小さい旅館みたいとも言える。

 先生は、おっさん臭く「あ”~」とか言いながら湯船に浸かり、次に、不安そうになって行った。

「今更だけど、姉さん、こんな家になんて無理だよ。がさつで、いい加減で、女子力ゼロで、不安要素しか思い浮かばない」

 湯船の中で入水自殺しそうな、悲愴な顔だ。

「平気だよ、誠人君。どうせ僕達は東京暮らしだし、家事は分担すればいいんだしね」

「兄さん……いい人だなあ。あんな姉ですが、よろしくお願いします。本当に」

 先生は、涙ぐんでいる。

「どこでどうやって出会って、こうなったんですか」

「それが知りたいよねえ」

 僕と直もにじり寄って行く。

「えへへ。会社に置いてある絵に幽霊が憑いていて、祓いに来てくれたのが京香さんだったんだ。幽霊は酒豪で、呑み比べで勝ったら成仏するって言って、社員は皆潰れたんだけど、京香さんは勝ってくれて。男らしくて、恋に落ちてた」

 気のせいかな。今、「男らしくて」って言ったような……。まあ、いいか。

「飲み比べなら負ける要素がないな」

「ばかだねえ、そいつ」

 先生と直は、その幽霊をハッと鼻で笑った。

 その後一緒に上がった僕達だが、康二さんと先生は軽くビールを飲んでから寝ようと言うので、僕と直は、ちょうど上がって来た京香さんと、作戦会議をすることにした。

「聞きましたよぉ、馴れ初め」

「京香さんらしいって言うか何て言うか」

「いやあ、強い肝臓に感謝ね。えへへ」

 何て前向きな人だろう。本当に男らしいな。

 部屋に入ってピタリと襖を閉めた途端、3人共、霊能師の顔になる。

「この家、流石は旧家だけあって、凄い事になってそうですね」

「来たのは初めてだし、私も知らなかったのよ」

「どこから手を付けようかねえ」

「しかも、角が立たないように、さりげなく、コソッとするには、まず、明日家の中を見せてもらって、並行して祓って歩くのがいいかな。庭もこのやり方でチェックできる。

 ただ、お父さんとお母さんの部屋や、康一さんと奈津さんの部屋は難しいかもな」

「お兄さん達は、お姉さんに話をしに行って、どうにかできないかなあ?」

「京香さん次第ですね」

「……何とかするわ」

「最悪、敷地全体に対して、こっそりと札をしかける事になるかもな。この場合、バレないように夜中にやるか、その間気を引いておくか、何か手が必要になりそうだけど」

 ううむと考え込む。

「まずは、どこにどの程度いるか、探ってからね」

「はい」

 神妙な顔でミーティングを終え、水を水差しからコップに注ぐ。

「それにしても、想像以上に遠いわ」

 京香さんは、死んだような目になった。

「でも、お兄さん達もいい人そうだし、良かったですね」

「おめでとうございます」

 水で乾杯をした。

 どうにも、京香さんが持つと、冷酒にしか見えないのが笑える。

「明日は挨拶ですね。緊張しすぎて寝られないなんてことがないようにして下さいよ」

「それで寝坊とか、まずいですもんねえ」

「ありがと。一緒に来てくれたのも、本当にありがとうね」

 京香さんが、しみじみと言う。

「何言ってんですか。お世話になったのはこっちだし」

「そうですよう。お姉さんができたみたいでもあったしねえ」

「ふふふ。ありがとう。明日もよろしく頼むわね」

「はい。じゃあ、おやすみなさい」

 京香さんは部屋に戻って行った。

 すぐに先生も戻って来て、川の字というやつで布団に入る。

 僕は1週間に3時間程も寝ればそれで済む無眠者だが、今日はその珍しい睡眠日に当たっている。加えて長い移動で、思ったよりも疲れていたらしい。うつらうつらとしてきた。

 と、それが聞こえて来る。


   箪笥 長持 どの子が欲しい

  あの子が欲しい

   あの子じゃわからん

   相談しましょ そうしましょ


   かって嬉しい はないちもんめ

   負けて悔しい はないちもんめ


 はないちもんめである。誰でも子供の頃に一度はした事があるだろう。だが、夜中に幽霊がしているとなれば、話は別だ。

 それに、はないちもんめは、人身売買を歌った歌だとも言われている。

 面倒臭い事になりそうな、不穏なものを感じながら、眠りに落ちた。




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