第170話 はないちもんめ(1)京香さんの結婚

 出来立ての桜餅を皿に乗せ、仏壇に供える。

 御崎みさき れん、高校3年生。高校入学直前、突然、霊が見え、会話ができる体質になった上、夏には神殺し、秋には神喰い、冬には神生みという新体質まで加わった、霊能師である。面倒臭い事はなるべく避け、安全な毎日を送りたいのに、春の体質変化以来、危ない、どうかすれば死にそうな目に、何度も遭っている。

 思えばこれまでたくさんの霊に会って来たが、両親には会っていない。何の未練も心配も無くスッキリと即あの世に逝ったのだろうか。普通、大学生と小学生の子供を残していきなり事故死したら、心配になりそうなものだろうに。

 別に、心配して彷徨っていて欲しいとか言ってるわけではない。ただ、ちょっと、どうなんだろうなあ、と思っているだけだ。まあ、兄がしっかりしているから、安心しきっていたのかもしれないが。

 そんな事をふと考えたのも、京香さんだ。

 隣に住む霊能師の師匠である京香さんが、先日久しぶりに修行から帰って来たのだ。婚約者連れで。

 それはいい。おめでたい話だ。あれだけ、イケメンで、優しくて、家事ができて、浮気しないで、稼ぎもそこそこいい人、なんていう、そんな人がいてもなかなか京香さんに振り向いてくれるかは疑問な人を募集し続けていたのだから。そんな奇特な人が生贄に――じゃない、そんな立派な人が京香さんの婚約者だなんて奇蹟のような話を、祝わないはずもない。

 ただ、まあ、驚いた。

「お酒はいいわ。お茶にして」

 と言った時は、人の容姿を盗む妖怪か何かかと思って、

「悪霊退散!」

と、思わず右手に刀を出してしまったし、兄は、別人のなりすましかと、整形手術の痕跡を探したそうだ。

「酷い兄弟だわ。うちの弟も同じセリフで塩を投げつけて来たけど」

 と言いながらも自分で笑い転げていたし、婚約者の人も涙を流して大笑いしていたから、それはまあいいんだが。妊娠中。京香さんが母親とは。

「俺は行けないけど、迷惑をかけないようにな」

 御崎 司。頭脳明晰でスポーツも得意、クールなハンサムで、弟から見てもカッコイイ、ひと回り年上の自慢の兄である。両親が事故死してからは親代わりとして僕を育ててくれ、感謝してもしきれない。秋からは、警備部企画課に異動になった。

「うん、わかった」

「忘れ物はないか。礼服は、制服でいいのか?」

「制服は万能の礼服だよ、兄ちゃん」

「確かにな」

 ド田舎だという婚約者の実家で行われる結婚式に、京香さんの弟で心霊研究部顧問の辻本先生と僕と直が出席する事になったのだ。京都の先生や兄弟弟子だとあまりにも遠すぎて、今度東京でする友人を集めた披露宴に呼ぶそうだ。

 それを聞いて、そんなに遠いのかとちょっと身構えたら、婚約者の康二さんは、

「若いから大丈夫だよ」

と、何だか不安になるコメントをニコニコしながらよこした。

 うん。京香さんといいコンビなんだろうな、と思った瞬間だった。


 始発の新幹線で出発し、在来線に乗り換えて2回乗り継ぎ、バスに乗り、双龍院家のある村に着いたのは、午後9時40分にもなっていた。

 バスを降りて伸びをすると、体中がバキボキと鳴る。

 直は、

「まだ、揺れてる気がするねえ」

と、フラフラして言った。

 町田 直、幼稚園からの友人だ。要領が良くて人懐っこく、驚異の人脈を持っている。1年の夏以降、直も霊が見え、会話ができる体質になったので本当に心強い。だがその前から、僕の事情にも精通し、いつも無条件で助けてくれた、大切な相棒だ。霊能師としては、祓えないが、屈指の札使いであり、インコ使いでもある。

 街灯の無い山村で、暗くて辺りがよく見えない。まるで、横溝正史の小説の舞台みたいな雰囲気の村だ。

「今日はもう、休もう。大して見る所は無いけど、そういうのも明日ね」

 康二さんはおっとりと言って、

「足元に気を付けて」

と、先導して歩き始めた。

 と言っても、バス停の前の寺のような家がそうで、灯りの点いた玄関まで、徒歩1分だ。

 敷地内には、その大きな建物と、渡り廊下でつながった幾分小さな建物、土蔵の3つが建っており、どうにも、無視してはいけない気配が潜んでいた。

 直も京香さんも、顔を引き締めている。

 それを康二さんは緊張ととったらしく、

「硬くならないで。古い家だけど、幽霊は出ないから」

と言ったが、康二さん、いますよ。と、僕達3人は心の中で言った。



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